両親の大森林生活
両親がこっちに引っ越してくるまでの間、俺と言うより周りのみんなが大変そうにしていた。
何せ普通の人間。魔物なら少し遊んでいる感覚程度で簡単に死んでしまうような貧弱な人間が来るという事と、それが俺の両親である事で話題が一気に上がった。
そして俺の妻達、つまりリル達も俺の両親がこっちに引っ越してくるという事でいつも以上に掃除に力を入れたり、会った時に何と話すか既に考えていたりする。
そこまで力を入れなくてもいいのではないかと俺は言ったが、こういうのは第一印象が大切だと言われて聞いてもらえない。
特にリルは俺を連れてきた張本人なので他のみんなよりも緊張している。
そして引っ越してくる当日。
俺は実家から引っ越し先に持ってくるものを収納魔法でまとめ、あとは転移するだけの状態だ。
「あと持って行く物ないか?」
「もう大丈夫だ。これ以上持って行く物はない」
「分かった。あとは転移魔法で向こうに行くけどほんの少しだけ歩く。町の少し外に転移するから」
「少しってそれなりに歩くの?」
「本当に少しだけだ。1分2分歩けばすぐに着く。ただ町中に転移するのはちょっと問題があるからってだけだから」
「本当に近くに転移するのね……転移も初めてだけどそんな簡単にできる物なのね」
「今回は座標とかがしっかり固定されてるからだけどね。そんじゃ行くか」
外に出て俺は両親を連れて転移した。
そこから少しだけ歩くとすぐに街が見えてくる。
そして俺は目を抑えた。
「「「「「良くお越しいただきました!!」」」」」
町、というよりは国が両親の来日を歓迎しているような感じで、それはもう……派手だった。
横断幕に龍皇国から来た龍皇や迦楼羅天までもいる。
確かに両親が来ることを歓迎すると聞いてはいたが、龍皇や迦楼羅天を呼ばなくたっていいじゃない……
そしてすぐ両親に挨拶しに来たのはリル達だ。
俺の妻になったから最初の方に挨拶しておきたいと言っていたので最初に来るのは分かっていたが……いつもより動き速くない?
我先に挨拶しようとめっちゃ来るんだが。
「この人達がパパのお父さんとお母さん?初めまして!カリンだよ!!」
「お初目にかかります。私は龍皇国の姫、オウカと申します」
「リュウ様のメイドをしています、アオイと申します。皆さまのお世話もさせていただきます」
「ウルです。リュウからお2人の事は聞いています。私達とも仲良くしてもらえればと思います」
そして最後にリルが真剣な表情で言う。
「私はリル。リュウを、息子さんをこの大森林に連れてきた張本人です。息子さんを無理やりこの大森林に連れてきたことをお詫びさせてください。申し訳ありませんでした」
そう言って深く頭を下げるリルを見た両親はさらっと言う。
「別に謝る事でもない。元々息子は変わっていたからもう驚きもしない」
「私は正直怒ってたけど……今の息子はあなた達と一緒に居て生き生きとしてるし、あの子の事をこれらも支えてくれるのなら許すわ」
「ありがとうございます」
……思っていた以上にあっさりと終ったな。
父はともかく、母は恨み言の一つや二つを言うとばかり思っていた。
意外だなっと感じながらも他のみんな、龍皇に迦楼羅天、アトラスや各種族の長老などが丁寧に挨拶していく。
まだ両親の家は完成していない。
正確に言うと両親の意見も聞きたいので大まかにしか造られていないので住む事が出来ない。
前に言っていた通り俺達が住んでいる屋敷の客室に通すと母親が崩れ落ちた。
「どうした母ちゃん!?」
「だって……ドラゴンの王様にあなた以外の魔王が丁寧に挨拶してくるって……緊張するじゃない……」
「なんだ。緊張の糸が切れただけか。そう言えば父ちゃんは平気そうだな」
「お前の友人だという事は聞いているし、あいつらが俺達を襲う可能性があるのであればこの大森林で暮らそうなどとは言わないだろう。だから命の危険にさらされることはないと思っていただけだ」
父はなんだかんだで俺の事信用してる?
「まぁいいや。父ちゃんたちの家は今作ってる途中だからもう少しだけ待って。あと建築してるドワーフの人達がどんな家が良いか詳しく聞きたいって言ってたからあとで会わせるから。一応前に聞いた条件は話したからある程度要望通りにはなってると思うけど」
「そうか。俺は猟銃を整備できる倉庫があればいい。細かいところは母さんに任せる」
「要望を聞くって言うけどお金は?あまり大金は持ってないわよ」
「その辺は俺の方ですでに支払ってるから大丈夫。足りないようならさらに支払えばいいだけだし、基本的に魔物の素材を渡すだけで済むからあまりお金で支払ってるって感じはしないけどね」
ドワーフはレアな魔物の素材と言う物に目がないのか、大体は魔物の素材そのものを渡せば満足してくれる。
価値に関してはきちんとしているようだがやはり金でないと分かり辛い部分もある。
やっぱり早く金文化が発展してくれた方が良いのかもしれない。
「とにかく支払いに関しては気にしなくていいから。父ちゃんと母ちゃんはここに慣れる事を考えながら過ごしてくれればいいから」
「そうか」
「分かったわ。それから……」
「それから?」
「お夕飯の準備ってどうすればいい?」
母の疑問に俺は意外と馴染むのが早いのではないかと予想したのだった。
――
1週間後。
いつも通り仕事をしていると母がヘロヘロの状態でやってきた。
「どうしたんだ母ちゃん?そんな疲れ切った感じで来て」
「え~っと……私達の家ってあとどれくらいでできそう?」
「えっと、この間細かい要望を聞いたから……あと2日3日ってところかな」
「……そう」
「えっと何か嫌なことあった?」
流石に魔物が隣にいる環境ではやっぱり普通のの人間では難しかっただろうかと心配しながら俺は聞く。
母は少し迷いながらも話してくれた。
「その……やる事がなくて、本当に暇すぎて、何かないかしら?」
「暇って普段通りに過ごしてるんじゃないの?」
「だってその。メイドの人達がみんなやっちゃうし、畑の方はまだまだ準備できてないし、やる事が全然なくって……」
「あ~。それは……まぁ2人の家が出来るまで我慢して。父ちゃんの方は充実してるみたいだけど?」
「あれについては本当に驚いたわ……」
父の方は黒牙のギルドメンバーと仲良くやっていると報告されている。
狩りのための猟犬候補を探しながらうろちょろしていると、俺の父親という事で護衛をかってくれた黒牙のギルドに、猟師としての父を見て気に入られた。
何でも父の狩りはかなり上手いらしい。
元々は猟犬とのコンビネーションで成功率の高い狩りを行っていたのは知っていたが、まさか戦闘狂集団である黒牙達にまで認められるとは思っていなかった。
しかも最近は犬型の魔物、ハウンドドックと言われる魔物を飼いならし始めた。
ハウンドドックは群れで行動する魔物だが、巣立ちしたばかりなのか、それとも群れからはぐれたのか、若い雄を見つけた父がその子を調教している。
調教内容はまだ簡単な物であり、火薬の臭いに慣れる事と、発砲音に驚かないようにする訓練だ。
「あの人は新しい猟犬に夢中だし、気の合う友達も出来て充実しているみたいだけど、私はそういうのには興味ないから……ねぇ私の趣味に合いそうな子とか知らないかしら?」
「母ちゃんの趣味か……母ちゃんの趣味と言ったら花とかだから……エレンかな?」
「エレンってどんな子?」
「エレンはエルフの女の子だよ。今は畑とか花畑の生産に力を入れてもらってるからそっちに行ってみようか」
俺は立ち上がり母と一緒に畑に向かう。
そこにはエルフ達と草木を育てる事に興味を持った魔物達が今日も花畑や木々の管理を行っている。
その中にエレンがいた。
「お~い、エレン」
「リュウ様!どうかなさいましたか?」
「いや大した事じゃないんだけどな。ちょっと付き合ってほしくって」
「付き合う?それは後ろにいるリュウ様のお母様と何か関係があるのですか?」
「そうそう。母ちゃん紹介するな、この子がエレン。この大森林の木々と野菜を管理してもらってる」
「初めましてエレンちゃん。エレンちゃんってエルフなの?」
「はい。ある長老の孫、エレンと申します」
「エレン。母ちゃんは野菜とか花を育てるのが趣味でな、少しだけ母ちゃんに付き合ってもらえないか聞こうと思って」
「リュウ様のお母様なら大歓迎です。リュウ様のお母様、どのようなお花が好きですか?」
「え。そうね……あまり本格的に育ててたわけではないから、鉢で育てられるくらいの花が好きかしら」
「それでしたらこちらにどうぞ。こちらには手軽に育てられる花がありますよ」
「ちょっと見せてもらってもいいかしら」
こうして母とエレンは一緒に花を見に行った。
これで母にもいい趣味と趣味友達が出来たらいいなと思い、あとはエレンに任せた。
――
そこからさらにしばらくして両親の家が完成した。
庭には追加で新しい父の猟犬の小屋がある。猟犬の名前はハントと名付けられた。
ハントは最初俺の事をすごく怖がっていたが怖い事をしないと知るとすぐに落ち着いた。
そして今日も父とハントは黒牙のメンバーと共に狩りに行っている。
そして母は庭で小さな畑兼花畑を楽しんで作っている。
「母ちゃんどう?今の生活は」
「そうね。思っていたよりも充実してるわ。ちょっと買い物が大変だけど」
「まだ物々交換しかやってないし、畑も小さいから交換できないしな。でも足りない分は俺の方で足すことできるぞ?」
「そこまで困ってるわけじゃないからいいわよ。それに息子に頼りっぱなしになる年でもないし」
「まぁ食うのに困ってるわけじゃないならいいけど。なんか困ったことあったらすぐに言ってくれよ。家族なんだからさ」
「分かってるわよ。それに最近は可愛い友達も出来たし」
「友達?」
可愛いと言うところに少し疑問を感じたが、すぐにその友達の正体も分かった。
「お母様!そろそろ参りませんか!」
母に声をかける声が後ろから聞こえてきたので振り向いてみると、そこにはエレンがいた。
俺に気が付くと慌てて俺に頭を下げる。
「リュウ様!!おはようございます!」
「おはようエレン。母ちゃんに何か用か?」
「あれ?お聞きしていないのですか?リュウ様のお母様は今日から私達エルフと共に花と畑仕事をすると言っていたのですが……」
「え、マジ?俺聞いてない」
俺が母に首を向けると母は言う。
「ずっと家の中にいるのもつまらないし、まだ働けるから。働けば野菜ももらえるし、程よく時間も使えるから。家事だけって言うのもつまらないもの」
「そうなんだ。まぁ畑と花畑なら護衛も多いし、安全な方か。でも偶に花の匂いに誘われて魔物が来るから気を付けてくれよ」
「その辺りの事もエレンちゃんに聞いたわ。でも虫の魔物の人とかが守ってくれるんでしょ?危ないと思ったらすぐに逃げるから安心して」
「本当に怖い事が目の前に来て腰抜けて逃げられないって事にならないでくれよ。エレン。母ちゃんが腰抜かして逃げれそうになかったら引っ張って逃げてくれ」
「分かりました!お母様の安全はお任せください!!」
エレンが胸を叩いて言った。
これなら安心できると思い次は父の元へ。
父は黒牙メンバーと共に魔物狩り。と言っても目的は素材ではなく肉なので、今回の獲物は鹿に近い魔物を追っていると聞いている。
俺は気配を消しながら黒牙のメンバーを見つけてそっと声をかける。
「狩りは順調か?」
そう黒牙のマスター、コクガに聞くと声は出さなかったがびくりと方だけを大きく振るわせて振り向いた。
俺の姿を捉えるとホッとした表情を作ってから視線を戻した。
「あまり年寄りを驚かさないでいただきたい」
「すまんすまん。それで、父ちゃんの様子は」
「やはり長い間猟師として生きていたからか、気配の消し方、相手を仕留めるタイミングなどは上手いとしか言いようがありません。特にあの猟犬、ハントでしたかな?あの猟犬も調教して日が浅いでしょうになかなかのコンビネーションを見せてくれます」
「ま、そのくらいやって当然か」
「当然とは?」
「俺の調教師としての師匠は父ちゃんだから」
そう。俺の調教師としての基本知識は全て父から教わった。
動物の骨格や筋肉、エサ、毒になってしまう物、感情の読み取り方など様々な事を教えてもらった。
今は魔物達と言葉で通じる事が多くなったので動物を相手するときのような、耳や尻尾の動きからどのような感情なのか察する必要がなくなりつつあるが、全体の動きを見て何を求めているのかを察する事が出来るようになった。
「なるほど。調教師としての師匠でしたか」
「だから動物全般を支配するのは父ちゃんの十八番って奴なんだよ。多分もうすぐ仕留めると思う」
俺がそう思いながら口に出すと、ハントがわざと吠えて位置を父に教えながら鹿を追い回す。
父は猟銃を静かに構えながらハントによって鹿が目的の位置に追い出されるのを待つ。
そして鹿の姿が見えた瞬間父は引き金を引く。
鹿の魔物は見事に脳天を貫き、一撃で絶命した。
相変わらずの腕の良さだと思いながら俺は去る。
「もうよろしいので?」
コクガが聞いてきたので俺は言う。
「ああ。ただ元気にやってるのを見たかっただけだ。これからも父の事を気にかけてくれると助かる」
「お任せください。強き者を招き入れるのは歓迎ですから」
そうコクガが言ったので俺は安心して家に帰る。
どうやら両親ともに上手くやっていけそうだ。




