カリンの帰省 後編
宴会は大々的に行われ、昼から騒いでいるのに夜になっても元気にやっている。
そして俺達3人で灯した火柱はずっと燃え盛っており、何時までも昼間のように明るく照らす。
流石に最初に座った席から移動して宴の声が少し聞こえるくらいの所まで歩く。楽しげな宴の声とほんの少しだけ静かな空気で興奮して熱を持った身体を冷やす。
森をのんびり見て回っているとカリンの叔母が隣に舞い降りた。
「主賓の方が宴会場から姿を消すのはあまりよろしくないのですが」
「すみません。少し疲れちゃって」
「あまりこういった場には慣れていないご様子ですね」
「まぁそうですね。王様になったって言ってもごく最近の事だし、色々覚える事も多いから大変でね。本当はこうしている間も向こうで何か問題起きてないよな~、なんて心配してます」
「王として当然の考えかと。ですが配下を信じ、休息をとるのも王の役目です」
「そう言ってもらえると助かります。ちなみに聞くが、そっちの次の魔王って決まってますか?」
「今は決まっていないという方が正しいかもしれません。カリン様が生まれる以前でしたらカリン様がその地位を継ぐ予定でしたが、リュウ様の元に嫁がれてしまいましたから……どうなるのでしょう」
「何というか……すみません。何も知らずにカリンの事を従魔にしちゃって」
「いえ、リュウ様が保護してくれなければカリン様が生きていたかどうかすら怪しいのです。非常に感謝しています」
「そう言ってもらえると本当に助かります」
そう言いながら俺は戻ってきた。
そして戻ってくるとリルが狼の姿になって思いっきり威嚇していた。
そんなリルの後ろには迦楼羅天がおり、こちらも威嚇。その2人の間に挟まっているのはカリン。
これどんな状況?
「おい、どうかしたのか?」
『ちょっとね。酔った馬鹿たちからカリンを守ってただけ』
「貴様……酔っていたでは許さんぞ……」
リルは牙をむき出しにしながら、迦楼羅天は全身から炎を噴出しながら言う。
とりあえずどうしてこうなったのか聞く必要がある。
カリンの叔母は一緒に居たから分からないだろうから……カリンに聞くか。
「カリン。どうしてこうなったのか教えて」
「えっと……また求愛されちゃった」
「またか……」
カリンは舌を出しながら可愛く言うが内容はかわいくない。
正直カリンとオウカ、この2人に対する求婚がめっちゃ増えている。
理由はおそらく女としての成長と言うところが大きいのだろう。
今までの子供っぽさが少しずつ抜けて、少女から女に変わっていっているからだ。
体系や顔に関しては特に変化ないが、雰囲気が落ち着いて女になった気がする。
毎日見ているからか、あまり大きな変化をしたという感じはしないだが、タイガがたまにこちらの様子を見に来ると「カリンちゃんとオウカちゃん大きくなった?」っと聞かれるのでやはり成長はしているようだ。
そんな子供の時代が終わりつつあり、まだ青いながらも確かに女になりつつあるカリンとオウカに魔王がいるのに求愛する者達がなぜか出てきたのだ。
確かに2人とも美人なのは認めるが、俺が手を出した後に手を出そうとするのは普通に気に入らない。
毎晩抱いている間に女の色気のような物が出るようになったのだろうか?
特にオウカは子供だったからかその成長は分かりやすい。
カリンは少し背が伸びたくらいだが、オウカの方は日に日に身長が伸びて身体も女性らしいふくらみが大きくなっている。
以前は本気を出すと大人の姿になっていたが、今ではどんどんその大人の姿に近付いていっているため変身する必要がなくなりつつあった。
女性的な魅力を持つのは非常に喜ばしい事だが、こういった問題はやはり面倒だ。
そして――気に入らない。
俺はスキルを使いながら本気で威嚇する。
その結果、楽しげな宴の雰囲気は一気に吹き飛び俺と言う魔王の覇気に当てられた男共は一目散に逃げだす。
全員離れていった事を確認してから俺は普段の雰囲気に戻った。
「これでまぁいいだろう。迦楼羅天。そろそろ休みたいがどこで休めばいい?」
「それなら我が巣に案内しよう。ついてこい」
迦楼羅天はどこか満足気な雰囲気を出しながら火山の方に向かって飛んでいく。
俺とリル、カリンとカリンの叔母は迦楼羅天の後を追いながら空を飛ぶ。
迦楼羅天達の巣は以前から言っていた通り活火山の頂上付近にある洞窟にあった。
洞窟と言っても中は非常に広く、洞窟の奥には神殿がある。その神殿こそが迦楼羅達の巣のようだ。
金と紅の神殿でその作りは非常に豪華だ。
俺のような数年生きただけではとても作れるような物ではなく、確かにここは迦楼羅達が祀られ続けた非常に重要な場所であることは雰囲気から察する事が出来た。
神殿は意外と床と天井に関しては元々の洞窟を利用しているようで、床に石畳を使ったり、天井に木や石を使っている様子はない。
壁だけを改めて作り、部屋を作ったという感じだ。
だが部屋1つ1つは丁寧に作られており、1人で使うには十分すぎるほどに広い。
「この作りは珍しいか」
「ああ。天井と床が洞窟のまんまにしているのはなんでだ?」
「その方が温かいからだ。人間サイズの家具もあるが、どちらかというと鳥の姿のまま就寝する者の方が多い。だから床は洞窟のままの地面の方が熱が伝わって心地よいのだ」
「なるほど。熱を遮断しないためにそうしている訳か」
「それに卵を産めば自室でそのまま育てる事が出来る。私は失敗してしまったけどな」
それを言うのは本当にやめてほしい。
まぁそのおかげで俺はカリンと出会う事が出来たが、迦楼羅天にとっては悪夢の始まりだったのは想像に難しくない。
「ここが客室だ。ベッドもあるので好きに使うと良い」
そう言って開けてくれた部屋は可能な限り人間の家に近づけた感じの部屋だ。
だが調度品などはやはりいい物を使っているようで細かな細工がされた机などもある。
ただ気になるのは部屋の中心にある鳥の巣。
かなり巨大で様々な柔らかそうな木の皮を使ったり、枝などを集めた鳥の巣が気になる。
「あの真ん中の奴は?」
「あれは我々のような鳥系の魔物用のベッドだ。好きに使うと良い」
そう迦楼羅天は言った。
とりあえず気になったので俺はベッドに触って押してみたり、実際に寝転がってみると意外と悪くない。
やはり床が温かいからかこのベッドも温かく、身体の芯から温まるようなぬくもりを感じる。
「これ、意外といいな」
「それは何より。私は私の部屋で寝る。今日は悪かったな」
「いや、途中で抜けた俺も悪かった。でも明日はちょっと頼んでもいいかな」
「頼みとはなんだ」
迦楼羅天に聞かれたので俺は明日やりたい事を言った。
言い終わると迦楼羅天は納得した表情をしながら頷く。
「承知した。確かにそれはこの地でも必要な事だろう。明日の昼からでよいか」
「頼む。この森の事はまた今度じっくり見て回りたいと思う」
「うむ。ではまた明日会おう」
迦楼羅天がそう言って部屋を出るとき、カリンが俺の袖を摘まんで気を引く。
「パパ……その……」
何か伝えたいようでその表情を読み、俺はあっさりと良しと言った。
「別にいいんじゃない。俺も人の家で非常識な事をするつもりはないし」
そう言うとカリンは俺の頬にキスをしてから迦楼羅天の元に行く。
「お母さん。今日と明日だけ、一緒に寝てもいい?」
「もちろんだ!!ささ、早く来い。リュウの気が変わらぬうちにな」
「ではリュウ様、リル様お休みなさいませ」
そう言って迦楼羅天はカリンを連れて行き、カリンの叔母は丁寧に挨拶をしてから扉を閉めた。
俺とリルは部屋の中心にある鳥の魔物用ベッドに転がり、じんわりと温まりながら欠伸をする。
あくびをしながら天井を見ているとリルが話す。
「ここも悪くないね」
「ああ。カリンは本当はここで過ごしていたんだろうな……」
「ええ。でもカリンは私達の所に来た。そして私達が育てた。これは誰が何といおうとも変わらない事実。だから後悔しちゃダメ」
「後悔してる顔になってたか?」
「後悔とは少し違うと思うけど、カリンの事を早くここに連れてくればよかったって顔に書いてある」
「良くそこまで分かるな。俺でもそこまで自己解析できてなかったのに」
「これでも妻ですから。リュウの事はある程度分かってるつもり」
「ある程度って言葉を使うところに意外だ」
「そりゃ繋がってるって言ってもお互いの心の中を全て見せ合ってるわけじゃないから。どうしても予想して話すところは出る。でもお互いの心が通じ合うように努力してるからそれでいいんじゃない」
「そうだな。きっとそれでいいんだと思う」
俺はリルの言葉に納得しながらリルを抱きしめる。
非常識な事はしないが、これくらいは夫婦仲がいいだけで済むだろう。
リルも抱きしめられることで嬉しそうに目を細め、俺の首筋を甘噛みしたりなめたりする。
耳はピコピコと動き尻尾も穏やかに左右に触れる。
「お休みリル」
「お休みなさいリュウ」
「あ、カリンにお休みって言うの忘れてた」
「あ、本当だ。それじゃ明日おはようはちゃんと言わないとね」
「そうだな……」
俺は地面から伝わる温かさだけではなく、腕の中から伝わるぬくもりからすぐに眠ってしまったのだった。
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と言う訳で今日の昼、俺は決闘場の中心で俺はロウを構えながら挑戦者達を待ち構えていた。
その理由は簡単。カリンに求愛してきた連中にお灸をすえるためである。
元々俺が魔王であることを見せつけるため、軽い戦闘をこの国の人達に見せる予定だったのだが、元々は迦楼羅天と戦うつもりだった。
しかしカリンへの求愛者が多いため力の見せ方を変更。実際に挑戦者を募って戦ってしまおうという形に変えた。
「リュウー!殺しちゃだめよ~!」
「パパがんばれー!」
主賓席に座っているリルとカリンは俺に声援を送ってくれるので、軽く手を振りながらにこやかに返す。
そして公平な審判係としてカリンの叔母が俺と挑戦者の間にいる。
挑戦者は昨日カリンに求婚してきた若者の1人だ。
既にガクガクと震えており、あまり戦えなさそうだ。
「ではこれより、魔王リュウの力を見せるための試合を始めます。試合は全部で100戦、魔王リュウは連続で挑んでいただきます。ルールはあくまでもこれは試合であり、殺してはいけないという事を忘れないように」
カリンの叔母は改めてルールを口にして俺は頷いた。
最初の挑戦者はずっと震えておりガッチガチだ。
「では、始め!!」
カリンの叔母がそう言った瞬間俺は『神格化』を使用した。
つまり最初から全力であり、何時でも俺の群れの力を全力で使う事が出来るという事だ。
文字通り俺1人で国1つ分の戦力が集まっていると言っていい。
その状態で挑戦者を強く睨み付ける。
それだけで俺の視線の先に衝撃波が走り、挑戦者を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた挑戦者は受け身を取る事も出来ず壁に激突し、目をまわしていた。
「そこまで!次の者は前へ!」
次の挑戦者を呼ぶカリンの叔母だが、次の挑戦者はなかなか現れない。
いきなり魔王が格下に対して全力全開で叩き潰そうとしているのだから当然かもしれない。
残り99人。
1人くらい歯ごたえのある奴はいないのかと思っていると、多くの鳥型の魔物が一斉に決闘場の上空を支配した。
どうやら俺に勝てる可能性を模索し、残りの全員で一気に攻める作戦にしたらしい。
カリンの叔母は問題ないかと視線を向けたが俺は一切問題ない。
むしろこの方が実力差というものを知らしめるのに都合がいいのではないかと考えてしまっている。
なので試合はこのまま続行。
既に上空にいた挑戦者達はそれぞれ得意な長距離攻撃を放ってくる。
硬い羽根を散弾のように飛ばす者、風の魔法を使う者、口から毒を吐き出す者などなど、それぞれ魔物としての特徴を生かしながら攻撃してくる。
それに対して俺はこの決闘場全てを飲み込むような魔法陣を展開した。
この魔法陣はあくまでもこれから行う攻撃をより強力にするための下準備。そして相手を拘束するための物でもある。
挑戦者達の長距離攻撃は非常に的確でほとんどの攻撃が俺に命中するが痛みなどは全くない。
全ての攻撃がみんなの力によって俺の事を守ってくれているからだ。
その間にも俺は魔法陣が完成し、発動させた。
その魔法は台風のような風を起こす魔法であり、この攻撃から身を守るには地面にもぐるしかない。
しかし相手は鳥型の魔物達。当然得意な攻撃は上空からだというのは予想できていた。
だから台風で相手を閉じ込め、そしてとどめの派手な攻撃でとどめを刺す。
それにこの風ならいい感じに火力が上がるだろう。
「燃え尽きろ!」
台風の風にカリンの炎、つまり迦楼羅の炎を使って焼く事にした。
ただでさえ強力な炎が台風の風によりさらに強力な炎の渦となり、辺り一帯の空を一時的に真っ赤に染めた。
もちろん殺す気はないので挑戦者達へのダメージは少し焦げる程度に調整したが、これはあまり使えないな。
広範囲の敵に使うのは良いが、味方の近くでは絶対に使えない。
特に迦楼羅の炎を使っているからドラゴン達の前では絶対に使えない。
台風の風と炎の熱によってダメージを受けた魔物達は地面に真っ逆さまに落ちてきた。
一応防御用魔方陣で受け止め地面に激突するのは防いだが、気絶しているところ見るとやはり少しだけ強かったかもしれない。
でもこれで俺が魔王としてふさわしい事は証明できただろう。
そう思っているとカリンの叔母がため息をつきながら言った。
「やり過ぎです」
こうして試合は終了した。
迦楼羅天は迦楼羅の炎を使った事に満足し、リルとカリンもかっこいい所が見れて満足していた。
他の迦楼羅達も俺がちゃんと迦楼羅の炎を使いこなしている事で仲間である意識が強くなったらしい。
そして地元の人間達と鳥の魔物達は絶対に俺の機嫌を損なわないように決めたそうだ。
カリンと迦楼羅天に気に入られているだけではなく、迦楼羅の炎で焼き殺されてしまう可能性があるし、何より本物の魔王であることが今回の事で証明できたからだ。
どうやら元人間というところから少し舐めていたらしい。
ちなみに地元部族の人達も俺の事を迦楼羅の雄と勘違いしたらしく、主に強さから部族の男性たちに崇められるようになってしまった。
恐れと崇拝が混じった2日目が終わり、今日は帰るだけだ。
もちろん部族の人達は寂しがっているし、迦楼羅天も寂しそうにしている。
「本当にここに住まないのか?」
「うん。確かにここも私の家だって分かったけど、やっぱり大森林の家の方が自分の家だって思えるから」
「……そうか。いつでも実家に帰ってくると良い。私達はいつでも歓迎する」
迦楼羅天は寂しそうにしながらも、そう言ってくれた。
また多くの鳥の魔物達にゴンドラを飛ばしてもらい、俺達は大森林に帰ってきた。
帰ってきた後に俺はカリンに聞いてみる。
「どうだった、実家は」
「なんて言うんだろう?初めて行ったのに初めてじゃないってはっきりと分かったのは今も不思議。お母さんがいたからとかじゃなくて、あの火山の空気と言うか、あの場所自体が家なんだって本能で分かった感じかな」
「迦楼羅天も言ってたが、カリンの実家はあそこだ。帰りたくなった時はいつだって帰っていいんだぞ」
「パパまでそんな事言わないでよ。それでも私の家はこの大森林のこの町の、パパ達と一緒に暮らしてるあの家なんだから」
「……そうか。それじゃ早速オウカ達にお土産渡さないとな」
「うん!いっぱい果物もらったからみんなで食べよー!」
こうしてカリンの帰省は終わった。
と言っても翌日にはまた迦楼羅天がカリンの様子を見に来たし、実家に帰らなくても寂しくないのは、迦楼羅天がちょくちょく見に来ているからかもしれない。




