side 親友
教国の中庭は教国に住む者達の憩いの場として開放されている。
そこに広がっている美しい花々は規則正しく並ぶ樹木に囲まれている。
そこに2人、勇者ティアと聖女ヒカリが剣を構えながら話をする。
「ここはいつ見てもいい場所よね。ティアもここが好きだったでしょ?」
「うん。季節に関係なく年中花が咲いているここは凄く綺麗だと思う」
「教会が目指しているのはこれよ。魔物や魔王の居ない世界を創り出して世界をこんな風に私はしたいの。だからティア、戻ってきて。世界をこんな風にするにはどうしても象徴が必要なの。聖女よりも、教皇よりも誰もが憧れる象徴、それが勇者。世界を1つに纏めるにはどうしてもティアの協力が必要なの。だから、ね?」
母親が子供に諭すような言い方をしながらヒカリはティアに言い聞かせる。
だがティアは首を横に振る。
「確かにここは綺麗だよ。でも本当にここは人間の力だけで綺麗にできてるの?」
「どういう事?」
「私はリュウの国でそれなりに長い時間過ごしてきたよ。見た目どころか種族も、考えも、食べる物だってバラバラなのにとても綺麗にまとまってた。だからリュウに聞いた、どうやったの?って。そしたら仕事しながら言われちゃった。『それぞれ得意な事をしてもらってるだけだが?』だって。確かにヒカリや教皇様のように人間と言う種族だけで綺麗な物を創るのは簡単かもしれない。でもたった1種族だけで創れない物もあるんだよ。ここにある花や木だって虫の力を借りて受粉してるんじゃないの?本当にこの庭は人間の力だけでここまで綺麗にできたの?」
ティアはリュウの国で知った。
様々な種が交わる事でより強い関係を持つ事が出来ると。
最近ではリュウの国でアトラスの部下が農作業の手伝いをしている。作物を食べる害虫を食べる魔蟲が居たり、畑の雑草を食べて残した糞が畑の肥料になったりと上手く交わっている。
建設ではドワーフとドラコニュートとアトラスの部下が建設における文化交流を始めた。鉄やレンガを使った建築物、周囲の木を切り倒して使う木造建築物、魔物の特性を利用した土を使った建築物。彼らは交わり、それらを組み合わせる事が出来ないか話し合っていた。
狩りや戦闘の訓練では互いの長所と短所を比べ、自分が苦手とする相手と対峙した際どうするのか話し合っていたりもする。
それらをリュウは決して止めない。むしろもっと話せと言う。
それを見てティアは人間と言う種だけではたどり着けない可能性を見た気がした。
だからこそリュウのやり方、共存というやり方に希望を見出した。
ヒカリや教皇の言うやり方ではいつその理想にたどり着けるのか分からない。それならばもっと早くその理想に近い道を選んでもよいのではないだろうか?
そう思ったからこその行動である。
ヒカリはティアの言葉を聞いて首を横に振った。
そして腰のレイピアを抜く。
「確かにそれも選択肢の1つかも知れない。でもティア、その共存関係を人間が出来ると思う?今まで教会は、人間は彼らを否定してきた。それなのにいきなり手を取り合えると本気で思える?」
「いきなりはない。リュウは少しずつ距離を縮められる様に頑張ってた。これから先は共存する事で人間と魔物の無駄な血を流す事を少しでも減らそうとしてる。だからせめて認めてよ。ヒカリ!」
だがヒカリはレイピアを構える。
だがそれはティアに向けるのではなく、教会騎士同士で使う決闘を申し込む際の構えだ。
「なら力を見せなさい。力のない理想は、ただの妄言よ」
ティアは悔しそうに拳を握ったが、その拳を放して剣を取った。
そしてヒカリと同じ構えを取る。
「私は聖女ヒカリ!勇者ティアに決闘を申し込む!!」
「私は勇者ティア!聖女ヒカリの決闘を受け取る!!」
2人は決闘を申し込む際の構えと解き、改めて剣を構える。
構えてほんの少しの時間に、ティアが先に動いた。
教国での訓練や魔物との戦闘によりさらに速くなったヒカリの動きはまさに瞬足。その剣先はティアの目では追い切れない。
ヒカリはそれだけで勝てると思ったが、ティアだって目に見えないほどの速度にはもう慣れている。
視覚以外の五感や戦闘経験による勘を信じてカウンター気味に聖剣で突きを繰り出す。
これにヒカリは少し驚いた。
以前であれば既に終わっていたであろう攻撃を防ぐどころか攻撃を仕掛けてきたのだから。
だがティアよりも攻撃が早いのは明確。速度を重視した戦い方をする。
それに比べてティアはじっくりと戦う事に決めた。
リュウの国で戦った自分より速い相手は嫌というぐらい数をこなしてきた。そんな相手に同じスピードで戦っても勝てる確率はとても低い。
ならば一瞬の隙、呼吸が乱れた時や息切れを起こした瞬間を狙うしかない。
それまでは防御と細かい攻撃だけで体力を残す。それがティアの素早い相手との戦い方であった。
「素早い相手に対してそんな風に守ってばかりじゃ、勝てないわよ!」
ヒカリは瞬足でティアが動けない程に加速して小さな傷をつける。
ティアは頭や首、胸や腹など急所となる所は全て避けて守るが、あまり動けていない。だがヒカリの動きに全くついて行けていない訳でもない。
元々仲間として長い時間共に過ごしていたのだ。ヒカリがティアの癖などを知っている様にティアもヒカリの癖などを知っているのだ。
なので攻撃してくる呼吸、タイミングなどは少しの攻防である程度読める様になる。
まだ守っているが急所などは的確に守り、決して致命傷は付かない。
格上と戦っている内に見つけたこの超長期戦の姿勢こそがティアの強みだ。
どんな相手でも長時間戦っていれば疲れる。どんな相手でも格下を相手にしていれば飽きる。
隙を作り出し、確実に勝てる様にティアはリュウの所で己を鍛え続けたのだ。
確実に勝てる瞬間を虎視眈々と見定め続ける。絶対の一撃ではないが必ずこちらが有利となる瞬間を見逃さない様に。
そんな風に守りながら相手の隙を待つ事数分、ヒカリのレイピアが軽くなったと感じた瞬間、ティアは大きな攻撃を繰り出した。
「はぁ!!」
「くっ!!」
ヒカリはティアの重い攻撃に後ろに動かされた。
原因は息切れ。たとえそのスピードが瞬足であっても体力の方はどうかと探っていた結果だ。
ようやくできた大きな隙で確実に倒せるようティアは攻勢に出る。
レイピアと言う武器は耐久性に関しては普通の剣よりも低い。
それは扱いやすくするために細い構造をしているからだ。
ヒカルの武器は当然ただのレイピアではないが、それでも防げるように使えるのは格下の武器に限定される。
扱いやすさと振るう際の速さに拘った武器と言える。ヒカリのレイピアとティアの聖剣の格は互角、そうなるとほんの少し力の受け流しを間違えるだけでレイピアの方が折れてしまう可能性が非常に高いのだ。
ヒカルは素早く今のティアの攻撃の重さからレイピアで防ぐことは難しいと判断した。
となれば自慢の瞬足で剣を避けるがそれでも先程の攻め疲れが抜けない。
しかも呼吸を落ち着かせる瞬間を確実に狙っているティアに関して休ませる気がないと言う事は明確だった。
「ちょっとティア!あなた容赦なさすぎじゃない!?」
「だってリュウを倒す事を想定してますから!!勇者なら勝って生き残る事だけを考えろって言われたからね!」
「それ本当に魔王のセリフ!?甘すぎない?」
「甘々だよ!!でも未だに倒せる気配が全然しないんだから!!」
リュウに教え込まれた生き残るための戦い方。
それは意外過ぎるほどにティアの戦い方にしっくりときた。
騎士として学んだ剣術は基礎的なもののみ、そこから生き残るために変幻自在の生き残るための形に変えてきた。
決まった型は本当に基礎の部分だけ、後は状況に合わせて勘と経験に任せる。
これでも昔は違った。
具体的にはリュウに再会するまではライトライトの剣術を目指していたが、それはいうと対人という感じで魔物を相手にする際にはあまり意味がなかった。
そしてフェンリルの子供達と戦った時にはまるで歯が立たない。
相手が悪いと言う次元ではない。ただ純粋に自身が弱くて学んできた剣術がまるで役に立たなかっただけだ。
そこからは騎士の綺麗な剣術ではなく、まるで冒険者の様な剣に変わっていった。
そしてティアは容赦なく剣だけではなく平然と足払いをする。
ヒカリはそのような事をするとは思っておらず、転げた。
容赦を知らないティアはヒカリめがけて斬り飛ばそうとするが、流石にそれは転がって避けた。
立ち上がりティアを見た瞬間目の前には聖剣が迫っている。ティア自身は遠くに居る。つまり聖剣を投げた。
一瞬何故と思ったがすぐに大きく後ろに跳んで体制を低くしながら着地した。
勇者が剣を投げるなど言語道断としか言いようがない。
だが同時に好機だとヒカリは思ったが、何も考えずに武器を手放すはずがない。
「……糸?」
投げられた聖剣は途中でぴたりと動きを止めたのを不思議の思っていると、柄の部分に細い物が巻き付かれているのが光に反射して分かった。
それはドルフに頼んで作ってもらった魔物の毛を紡いで作られた糸、本来は強い攻撃を受けて手放してしまった際に、拾いに行く手間を省くために作ってもらったのだが1度だけこういう不意打ちも出来ると思って初めて攻撃してみたのだ。
その糸を引っ張りティアは聖剣を再び握る。
しかも勝機を感じたのか先程よりも速い。ヒカリほどではないが引けを取らない。
「ちょっと!本当に容赦の欠片もないわね!!」
「だって……ここで勝たないとリュウに殺されちゃうから」
「まさか脅されてるの?」
「違う!殺されるのはヒカリの方!!これ以上魔物との共存を承諾できない様ならヒカリも殺すって言われた!!私はそれが嫌でヒカリと戦ってるの!!」
避けながらヒカリは驚いた。
自分が魔王に殺されないためにここで戦っているとは思ってもみなかったから。
魔王と理想を共にしたから戦っているのだと思っていたから。
「………………そっか、そうだったんだ。何も変わってない……訳でもないけど良かった。ティアはティアだったんだ」
そして意外にもヒカリは強引にティアを押し負かした。
瞬足による体当たりだが、一瞬の衝撃ではヒカリの方が強い。
だがヒカリはティアを倒そうとせず、構えているだけだ。
それを見てティアは察した。この戦いを終わらせようとしている。
ティアとヒカリは互いに必殺の構えを取る。
ティアは上段に構えていつでも振り下ろせるように、ヒカリはレイピアの先を真っ直ぐティアに向けた。
ほんの一呼吸分の静寂の後、2人は同時に技を繰り出した。
その動きは凡人には全く分からないほどの速度で、ただ一瞬消えてすれ違っただけの様に見える。
「………………あ~あ、負けちゃった」
そうつぶやいたのはヒカリの方だった。
ヒカリは手にしたレイピアを手放した。理由は簡単。地面に落ちたレイピアは半分より少し手前の所で切られていた。
同格の武器を切ると言うのは高い技術があっても難しい。
耐久力の低いレイピアを壊しただけならともかく、切り落とされてしまってはもう勝てない。
「降伏してくれる?」
ティアはヒカリに向かって剣を向けた。
これは戦争だ。戦争ではあるが一騎打ちでもある。ここで負けを認めないと言われてしまえば斬るしかない。
だがヒカリは両手を上げて言う。
「もう降参。私じゃティアに勝てなかった。そしてあの魔王はティアよりも強いんでしょ?勝てっこない」
「それじゃ大人しくしててね」
ほっとしながらティアは剣を下ろした。
降伏したのであれば捕虜として丁重に扱っていいとリュウに言われている。
一応拘束の魔術を使うべきか考えていると、瞬間とてつもないオーラを感じた。
2人は慌てて振り返る。
「い、今の何?ものすごく、恐ろしい気配!!」
「え、そう?確かに大きな気配だけど怖くはない様な……むしろ安心する気配なんだけど」
ヒカリは怖いと言い、ティアは安心すると言う。
この矛盾の正体を確かめるべく、2人は教皇の自室に戻る。
そこで見たのは――