密会後
「ははははは!!枢機卿達の前で言ったのか!!俺達だってなにも戦場でしか生きられない獣じゃないっと言ったのか!」
「何もそんな大笑いするような事じゃないだろ、ドワル」
密会終了後、俺とドワルはちょっと酒を飲んでいた。
予想通りドワルは何らかの仕込みで俺達の密会を聞いていたらしい。
その中でも俺が言ったこの一言が特に大うけだった様だ。
「全く、そんなに魔物達が平穏を望むのが滑稽か?俺達だって交尾して繁殖する、その間ぐらい平穏で子育てに集中したいって思いぐらいある」
「ほう。その言い方だとフェンリル殿の孫娘とはずいぶんと上手くいっている様だな」
「上手くいかなきゃ逆に爺さんに踏まれちまうよ。それに街の方だってそれなりに発展してきたんだ。獣王国との貿易だってこれからだし、こんな下らない事さっさと終わらせて平穏を味わいたいんだよ」
実際リル達はそろそろ子供が欲しいなんて言っている。
まぁ魔物や動物にとって結婚後=子作りって考えが強いのかも知れない。
その辺は理解できない訳ではないし、俺だって子供は欲しい。
だが目の前に戦争の灯がある以上子育てに力を注ぐ余裕がない。
一応名目を保たせるために攻めてくるのを待っている状態なので、どうしても待って情報を集めるしかないのだ。
そう思っているとドワルは酒の入ったグラスを置いた。
そしてぽつりと言う。
「あの男にもそのような心が少しでも残っていれば、こんな事にはならなかったのかも知れないな」
「あの男?」
「とある教会騎士の男だ。昔は魔物の討伐のために手を組んだ事もある」
「ほ~。ドワルと手を組んだって事は似たり寄ったりの実力って事だろ?スゲーなそいつ」
正直人間がドワルと同様の力を手に入れるとは思ってなかった。
なんせドワルはドワーフ、人間とは寿命がまるで違う。
人間の平均寿命は大体70歳前後、ドワーフの寿命は500歳前後、生きられる時間が全く違うのだからドワルの実力に並ぶのにそうたいした時間をかけていないと言える。
だがそう言うとドワルは目を細めながら言う。
「たいした時間も掛けず、しかも『調教師』が魔王になる方が大概だと思うがな」
「それこそ従魔契約のズルって感じだよ。それに大量の使えない魔力があったおかげでもあるし」
そのおかげでウル達に出会えた。
そこだけは不遇と言われていた『調教師』で良かったと強く感じている。
もし他の戦闘系職業だったら出会う事すら出来なかったはずだから。
「それで?その人は今どうしてるんだ?」
何気なくドワルに聞いてみる。
するとどこか悲哀に満ちた表情で虚空を見つめる。
「………………今思えば何とも言えないな。あの男は、いやあいつは不幸にまみれた男だった。多くの物を失う事でしか強くなれなかったように感じる」
「失う……」
「ああ。あの男が教会騎士になった理由は、当時仲の良かった幼馴染を目の前で魔物に食われた事が切っ掛けだった。男は近くの棒を拾って振り回し、食われる事はなかったが助ける事は出来なかった。それは高い騎士の地位に上っても続いた。部下を殺され、妻子を亡くし、それは今も続いている。しかもどういう訳か全て魔物の手によってな。おそらく次に失うのは奴の命であろうな」
「………………おい。まさかその男って」
俺が聞いていたとある情報の男とほぼ一致する。
教会内部に居るという黒牙のメンバーから警戒すべき強者リストを受け取っていたのだが、最も警戒すべき男の経歴とほぼ同じだ。
そしてドワルは続ける。
「あの男が動く理由は魔物への恨みだけだ。そして魔物を減らす事で人間の楽園を築けると強く信じている。あの男は同じ教会や仲間からの裏切りなどを経験した事がない。魔物にのみ剣を振るってきた結果だろうな、人間から恨みを買う様な事は一切していないのだから」
………………魔物への恨みだけで動く狂戦士か。
こりゃ思っている以上に手ごわい可能性が高いな。
しかも人間からの信頼は厚い、か。
それに何と言うか、俺とは力を得る過程が真逆のようだ。
俺が力を得る切っ掛けは魔物の誰かと出会う事が切っ掛けだったように感じる。
本格的に戦う力を得たのはリルと出会った時だが、その下地と言えるものはウルと出会った時からだと思う。
そしてカリン、ダハーカ、オウカ、アオイ、精霊王、マークさん。
みんなに出会う事で力を手に入れ、今では誰かの事を考えて行動するようになった。
大切な誰かを得て俺は強くなれた。
それに対しその男は大切な物を失うと言う過程で強くなったように感じる。
だと言うのに、魔物と言う点だけは共通している。
魔物が切っ掛けで強くなった俺とそいつは本当に逆の様な感じがする。
「貴様も大変だな。その男とこれから殺し合うのだから」
「まぁ~俺の方はそれなりに強化させまくってるけどね。ドルフが作ってくれている各種魔物用装備だって量産体制にあるし、龍皇に協力してもらって1部のドラゴンを借り受ける事も出来る。精霊王の方は……森の中で迷子にするぐらいには協力してるってさ」
「……教会も不憫よな。そのような所に攻め込まねばならないのだから」
「もっと不憫なのはその教会に言われて動く各国だよ。俺の言葉を信用していない国のほとんどが戦争に参加する傾向にあるし、俺個人は教会だけに攻め入るつもりだが気に入らないと言ってその国に攻め入ったりしないといいんだがな。借りれたドラゴン達は若いのが多いし」
「若いと言ってもそれなりに強いのだろ?」
「一応オウカとアオイの親衛隊って聞いてる。オウカの方は若いのが中心だがそれなりに数が多い、アオイの方は5人だけ。今はこの2組を混ぜて防衛に回そうかと思ってる」
「………………ちなみに攻めるのは誰だ?」
「俺と俺が契約してる全員と、アトラス。ただカリンの母親も参加しそうな雰囲気なんだよね……」
そう言うとドワルが咳き込んだ。
酒に強いドワーフが咳き込むってどんだけ強い酒だよおい。
「少し待て、今魔王アトラスと迦楼羅が参戦すると言ったか?」
「言った。アトラスの方は確定だけどカリンの母親に関しては防衛に回ってもらおうと思ってる。アトラスの所の兵も1部俺の所で出稼ぎに来てるし、今回の戦争で人間を手に入れて苗床にしたいんだと。寄生性の高い虫にとって生きた生物に卵を産み付ける機会は少ないから出来れば欲しいってさ」
「……それは教会の騎士だけか?」
「防衛を任せているのは精霊の森だけ。木々に寄生しないタイプの虫だから木々の精霊達は安心してる。巣を張らないタイプの蜘蛛とか蟻、蜂なんかが多かったはず。でも攻撃を仕掛けてくるのなら教会とか関係なく奴隷として連れ帰るだろうな」
蟻の仲間にサムライアリと言う種類が居る。
その蟻の特徴として他の蟻の巣を襲って働き蟻やさなぎを奪い、奴隷にするという習性がある。
それは魔物に変化しても習性は変わらず、アトラスが統治するまでは厄介者の嫌われ者として存在していたそうだ。
ちなみにこいつら俺がアトラスの森に行く途中で凍らせた連中でもあったりする。
地面を潜って進攻し、出来るだけ生け捕りにしようと考えていたそうだ。
でも魔物として生きている影響か強者に従う、と言う点だけは同じなので既に格付けは終わっている状態だったりする。
「恐ろしい事を聞いてしまった。本当に苗床にするのか?」
「そりゃ……するだろうな。俺が原因で結構な数が戦死したから数を増やさないとって思ってる節もあるから。寄生性の高い方は死体でも構いませんって感じでもあるから絶対持って帰る。母国で埋葬される事すら出来ない」
「……死体ぐらいどうにかならんか?」
「絶対に無理。最低でも精霊の森以外なら出来るだろうが精霊の森からこっちに攻め込もうとしてる連中は無理。でも南側は精霊信仰も盛んだからこれ以上精霊の機嫌を損ねるような行動は出ないんじゃないか?多分」
俺が保証できるのはこのぐらいだ。
と言うかカリンの母親が参加する事になれば防衛に回ってもらうのは魔獣の居る東側になる。
西側は龍皇に任せているので龍殺しのスキルがあるカリンの母親を参加させる訳にはいかない。
よければ焼死体ぐらい残るだろうが……灰すら残らない可能性高いんだよな……あの人の炎の場合。
だからと言って何か感じる物はないもないけど。
俺の群れを壊そうとする者達に慈悲はない。
そこだけは俺と真逆と考えられる男と同じかも知れない。
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フォールクラウンから帰って1週間後、コクガの部下である者から詳しい戦争の日時が告げられた。
戦争はおよそ1か月後。
ならば俺達も本格的な準備をしよう。




