嫁、増えました
ティアが勝利した後、ティアは膝を付いて荒く息を整えていた。
笑っていたのは余裕ではなく空元気だったという事なんだろう。
俺は観客席から飛び降り、膝を付くティアの様子をうかがう。
「大丈夫か?」
「大丈夫……じゃないよ。何あの魔力、普通じゃないのは察してたけど、異常すぎる」
「らしいな。まぉ俺はその魔力に耐えられる特異体質だから契約できたらしいけど」
「……そう聞くとリュウの方が異常か。何でリュウの方が勇者じゃないの?」
「興味ないからじゃないか?見ず知らずの他人を守る余裕なんてない。身内を守るだけでていっぱいだ」
そう言いながら肩を貸す。まだ呼吸は荒いが先程に比べればまだマシだ。
だと言うのにティアは突然笑いだす。疲れておかしくなったか?
「どうかしたか?」
「ううん。ちょっとね、ようやくリュウと一緒に居てもいいんだ~って思ったら嬉しくなっちゃって」
「……そうか」
こういう時どう反応すればいいのかよく分かんない。
リルとかカリンとかは素直に言ってくるので俺も素直に言っているんだが……ティアの場合はちょっと複雑だよな。
俺は突然いなくなって、探し回ってようやく見つけたら嫁が居て、俺は勇者よりもいつの間にか強くなってて、逆に勇者が調教師の力を追いかける展開になってたからな……
う~ん。複雑の一言で片付けていいのか全く分からない。
「リュウ?迷惑だった?」
「え?何でそんな言葉が出る」
「だって……リュウには既にリルさん達が居たし……押しかけみたいな物でしょ?それに今不満そうな表情してた」
「不満と言うか……迷惑かけたなっと思ってただけだ」
「ん?」
「だってよ。俺の事探してくれてたのにそんなこと知らないで嫁作ってあっちこっちフラフラしてた訳だからさ」
「あ~それは確かに気に入らなかった」
「あれ?ティアさん?」
分かりやすく久しぶりに真っ黒なオーラがティアの身体からほとばしる。
勇者が纏ってちゃいけないオーラだ。
「気に入らなかったな~私の知らない所でお嫁さんもらってるの。気に入らなかったな~私が必死に探している間にイチャイチャしてたかと思うと。気に入らなかったな~私が修業してる間もエッチな事とかしてたのかな~って思うと」
「ティアさん!?」
な、なんか今までとは違う感じた事のない恐怖が俺を襲っているのですが!?
ものすっごく、背筋が冷たくなる恐怖が俺の身体を支配しているのですが!!
「でもいいよ。許してあげる」
そう言ってオーラが霧散した。あ~俺てっきり殺されるのかと思った。
強敵に出会った時の恐怖とはまた違う感じなんだよ。なんかこう冷たく感じるんだよ。
「本当か?」
「そんな疑う様な顔しないでよ。私もお嫁さんにしてくれたから許す」
「そうか。それならよかった」
何て話しながら歩いているとアオイ以外のウル達がじっと見ていた。
その様子に俺とティアは何だろうと思っているとアオイ以外のウル達が頭を下げた。
「「「「ごめんなさい」」」」
「え、何が?え?」
ウルがそう言いながら俺の事を見てくるが俺も当然何の事だか分からない。
そして頭を上げたリル、カリン、オウカ、ウルが言う。
「その……確かにイラっとした」
「多分私たちこれをずっと見せつけたんだよね……」
「甘々なのだ」
「これからは存分にイチャイチャしてていいのでごめんなさい」
……どうやらティアの前でイチャイチャしていた事に対する謝罪らしい。そんなにイチャイチャしてたかな?今。
そう言われるとティアはにこやかに言う。
「それじゃ今夜から私もリュウと一緒に寝るから」
「あ、今晩は2人っきりでいて下さい。そのぐらいは空気読めるし、元々そう言う計画だったので」
え~いきなり2人っきりってハードル高くない?それとも深読みし過ぎてる?
そう思いながらティアを見るとティアは顔を真っ赤にして俯いていた。
そりゃそうなるよね。
「ティアちゃ~ん!!おめでとう!!」
「キャ!」
突如マリアさんの声が聞こえたかと思うとティアを抱き締め始めた。
「ようやく恋が成就したわね!!おめでとう!!」
「あ、ありがとうマリアさん。それからできれば回復を……」
「なら抱き締めたまま回復させてあげるから!」
そう言ってマリアさんはティアを抱き締めたまま回復させる。
この2人も相変わらずだな……こんだけ仲がいいと本当に姉妹の様に見える。
そして俺には肩を叩かれたので振り返ってみると、そこにはタイガが居た。
「おめでとうリュウ。これで僕の初恋もお終いだ」
「タイガ……今度はちゃんと一緒に居るから安心しろ」
「それは本当にお願い。前みたいに急に居なくなったら本気で怒るからね」
「それだけはもうしないって。ちゃんと一緒に居る」
「うん。それじゃお願い。あ~あ、僕にも素敵な出会いは来ないのかな~」
何てタイガは手を頭の上で組みながら言う。
悪いなタイガ。これからはちゃんとティアの事をさせていくから許してくれ。
そう思っている間に勇者パーティー全員が揃ってティアに祝福の言葉をかける。
俺はその様子を少し離れて見ていた。
そしていつの間にか近くに居たウルが言う。
「それで、これからはどうするの?」
「どうするって何が?」
「枢機卿達の会合に勇者も連れて行くんでしょ?」
「そりゃ勇者と仲良くしている方がいい印象を与えられるかも知れないからな。もしくは勇者が裏切ったと思って危機感を覚えるか」
大きく言えばこの2択だろう。
当然俺は人間と仲良くする気はないとアピールするつもりではあるが、俺の言葉だけではおそらく足りない。だからこそティアの言葉も必要だと思った。
結婚している事を伝える……のも戦力の内に入るかも知れないがこれは出来るだけ取っておきたい事案だ。絶対周囲から反対する者達が出てくるのは目に見えている。
それに俺は絶対に人類と敵対しないという訳ではない。あくまでも俺から手を出さないというだけの事だ。
もし大森林に侵入し、俺の群れを、俺の家族を、俺の女を奪い、犯し、壊すと言うのなら容赦はしない。
その時は絶滅させてやろう。直接手を下そうが下さなかろうが関係ない。滅ぼす。
「その目、枢機卿達に見せちゃダメだよ」
「どんな目してた?」
「殺してやる、滅ぼしてやるって感情が凄く表に出てた。そんな顔して枢機卿にあったら教会ごと滅ぼさないといけなくなっちゃう」
「そこまで愚かじゃないと信じたいんだがな……」
「それが今の時代って奴だよ。もっと穏やかな時代だってあったんだから」
懐かしむようにウルは言う。
そんな時代があったのか。俺は生まれて10数年しか生きていない。そんなガキに世界の何が分かる?っと聞かれれば当然何も分からない。
だがこれだけは言える。
見ず知らずの他人を守る余裕はないけれど、恥ずかしげもなく大切だ、大好きだと言える者達だけは確実に守ってみせる。
その覚悟だけは持っているつもりだ。
「ふふ。カッコいい」
「何が?」
「今リュウが思った事。そっか……守られちゃうんだ。私も」
ウルは何か嬉しそうに言う。俺はウルと長い付き合いだがその過去に関しては何も知らない。
アオイは何か知っている様な素振りを見せるが別に聞いてみたいと思った事はない。
短絡的な考えだから言うが過去なんてどうでもいい。今一緒に居て笑える事の方が大事だ。
ならその大事な物を守るために頑張ろう。俺に言えるのはそんなありふれた言葉でしか語れない。
 




