VS昆虫魔王2
さてと、それじゃそろそろ次の手で出ますか。
斬り落としてもああやってくっつけられてしまうのなら斬撃系は控えるとして……なら徹底的にボコるのが現実的か。
俺の拳で筋肉を潰す。それが最もダメージを与えやすい攻撃か。
魔王も腕の調子を確かめてから拳を構える。
そして壮絶な殴り合いが開始された。
殴る度に暴風となり辺りを震わせる。
『龍皇種の加護』を使用したまま殴っているはずなのにこちらの身体が軽く浮く。それに一撃一撃が俺よりも早い分多くの拳が俺を襲う。
スピードはともかく、俺は拳一つ一つを身体の奥底まで届くように丁寧かつ強い一撃を放ち続ける。
ただやっぱり遅すぎるな。
重い一撃の分、少し遅い。雑魚相手にならこれでも問題ないがこれでは撃ち負けそうだ。
なので負担は大きいが『魔狼王の加護』を同時に起動する。
これにより俺を包むオーラの形が少し変形する。
腕や足には鱗の様な物は残っているが、頭部にある角の内側に狼の耳が形成された。
爪もドラゴンのものから狼のものに変化する。
こうして足りないスピードは補えた。
俺の拳は重さだけではなく、スピードも兼ね揃えたさらに強力な拳で魔王を殴り続ける。
ただ問題は加護系スキルは体力の消費が激しい事と、制御が難しい事だ。
普通ならさらに魔力の消費も激しくなる所なんだが、そこはウルが助けてくれているので問題というほどの事にはならない。
ただ体力はどうしようもない部分だし、制御に関してはウルも助けてはくれているんだが、やはり大元がリルやカリン、オウカやアオイから貰ったものだからか、本人達ほどうまく制御はできない。
もしも全加護系スキルを一人で制御するとなると俺自身が制御できずに、強制解除せざる負えない状況になる。
その代わり、リル達が俺の中に居てくれれば制御や何やらを気にせず全力で使用する事が出来る様になる。
正直ここでさらに付加術も使えればもっと有利に戦えるのだが、それをやると本当に制御できなくなるのでそれはどうしてもできない。
これがギリギリのところだ。
『リュウ、でもこれ以上出力を上げちゃダメよ。身体の方が耐えられなくなっちゃうから』
あいよー。
体内でそういう会話をしてはいるが……それでもまだ足りない。
魔王の方はさらに何らかの術で自身を強化した様だ。
おそらく強化したのは防御、外骨格をさらに堅く、防御に特化していく。
それだけならよかったのだがその堅過ぎる防御力が攻撃力にもなるから手厳しい。
つまり魔王は純粋に筋力などを上げて攻撃しているのではなく、堅い鎧で直接殴りに来ている様な状態、と言えば分かりやすいだろう。
しかもその堅さはドラゴンの鱗とそう変わりはないんじゃないだろうか?
そんな状態で殴ってきているんだ。俺はオーラで堅くした拳で戦っているが正直あと一歩足りないと感じている。
「もういいんじゃないか」
「あ?」
突然の魔王の言葉と回し蹴りで俺は吹き飛ぶ。
防御には成功したが吹き飛んで樹を数本倒してから止まる。
魔王はそんな俺に近付きながら言う。
「戦ってみて分かった。確かにお前は強いが我の前に立つにはまだまだだったようだ」
「それでも戦わなきゃいけない時ってもんがあるだろ?それが今日だったってだけだろ」
「それにお前の言っていた雑魚と言う言葉にも納得だ。お前が我の前に立っていられるのはお前の中に居る何かのせいだろう。そしてお前が使っているスキルも、お前の仲間から得たものだ。力を借りてばかりの雑魚だ」
その言葉に反論はない。
実際にその通りだと自分でも思っているからだ。
魔力はウルから、脚と鋭い牙はリルから、強靭な肉体と鱗はオウカとアオイから、まだ使っていないが炎と翼はカリンから、多彩な魔術はダハーカから、これらは全てもらったり学んだものだ。
それで異論を唱えるとしたら、どんな言葉が適切なのか分からない。
「そんなお前はよくやった。借りる相手が不十分な状態でよくここまで戦ったものだ。そしてそんな存在達を率いてここまで来た事も驚いた。だがここまでだ」
見るだけで分かる程の魔力を一つの腕に集めている。
余りに濃い密度で集まった魔力は深緑に染まる。
あれが魔王の必殺技と言ったところだろう。素直に食らうつもりはないが。
「これは敬意だ。これで死ね」
そう言って魔王は俺に向かって飛び出す。
俺は当然回避しようと動くが何かが俺の動きを邪魔をする。
邪魔をしていたのは蜘蛛の糸、それぞれ足首に糸と地面に縫い付けられている様な感じがした。
即座に回避できないと分かった俺は全力でオーラを纏う。
そして腕で守ろうともしたが、それよりも前に魔王の拳が俺の腹に突き刺さった。
この戦いで初めての大ダメージだ。
口中に血の味を感じた後、大量の血が俺の口から吐き出す。
体内からウルが悲鳴を上げているが、それでも俺の身体を修復しようと魔力を再生に使う。
スキル『無限再生』のおかげもあってすぐに穴はふさがったが体力の消耗は激しい。
ぜえぜえ言いながら魔王を見ると、すぐに次の攻撃の準備を終わらせていた。
全ての腕に先程と同じ、いやそれ以上の魔力を集めていた。
その後は当然、超高速で来る拳の雨だった。
オーラで守っていても関係ないと言わんばかりの攻撃力、決して嘗めてかかっていた訳ではないが、これは予想以上だ。
本当にカリンの母親に勝てたのは冷静さを掛けていたからだと分かる。
そしてあの偽物魔王がどれだけ弱かったのかもよく分かった。
これが魔王か。そう強く思った。
拳の雨が止んだ後、即座に再生が始まる。
拳を食らっていた途中でも再生は行われていたが、あまり意味はない様に感じた。
そして俺は魔王を見る。
「……驚いた。これほど一方的に殴られてもまだそんな目が出来るとは」
「そりゃどんな目だ」
「戦意の消えない、戦士の目だ」
そう言って再び拳を振りかぶった魔王だが、邪魔が入った。
それは魔王の隣に居た蜂だ。俺と魔王の間を遮る様に蜂が現れた。
魔王は突然の事だったが、拳をすぐに引っ込める。
その隙に現れたのがリルだ。
リルは拘束していた俺の脚の糸を爪で斬り、すぐに俺を担いで距離をとった。
そんなリルに一言。
「わりぃ、情けない姿を見せた」
「リュウ……本当に大丈夫?」
「どーにか。『無限再生』とウルのおかげだな。そしてそっちは勝ったみたいだな」
「うん。速かったけどスピードで負けられないから。…………弱っていくリュウを感じて怖かった」
遮る様に蜂が来たのは、リルが勝利した後俺の状況を感じて投げつけたらしい。
とっさの事だったらしいが上手くいったようだ。
攻撃してこない魔王を見てみると、魔王は蜂をお姫様抱っこをして樹の下に移動させていた。
そして蜂の口から小さく「申し訳ございません」と言っているのが聞こえた。
魔王は一言「休め」と言ってこちらに戻って来る。
さて、俺の休憩もここまでだろう。
リルは俺の中に入り込む。これでまた俺は強くなれる。
その様子を見て魔王は言った。
「そうやって仲間に頼ってばかりか?」
「そうだな、頼ってばっかりだ。ガキの頃から何にも変わんねぇ」
「そのように強くなって嬉しいか」
「嬉しくはないかな。俺だって男だ。惚れた女守ってなんぼって気持ちはあるし、やっぱり情けねぇよ」
「ならその状態を解いたらどうだ。名誉ある死を送ってやろう」
「それは困る。その内だが子供だって欲しいんだ。嫁と子供に囲まれてのんびり暮らす。これが今の俺の目標だし」
「目標?」
「ああ、目標だ。この世界は魔物に優しくない。魔物同士の戦いに魔物を怖がる人間や魔物の素材を手に入れたがる人間に狙われ、落ち着く暇なんて全く無いじゃないか。ちょっとぐらい、たとえ転寝程度のものでも安心できる場所を作ってやりたいんだよ。本音としては俺の思う普通の中で暮らせる事。普通に好きな相手と過ごして、仕事して、家に帰って団らんする。そんな普通の事が出来る場所を作りたいんだよ。俺は」
きっとあまりにも普通過ぎるだろう。
でもそれが俺が決めたもの、俺の思う普通の中で過ごす。それだけだ。
でも今回その普通に暮らせる場所を奪われるかもしれないから戦いに来た。言ってしまえばそれだけだ。
どっかの物語の英雄とか、身近に居る勇者のように大きな事は言わない。ただのびり過ごせる場所を作る。それだけが俺の願い。
嗤われるかも知れないと思ったが、魔王は全く嗤わない。
むしろ俺の事を確認するような、そんな目線を送る。
「………………随分不相応な願いだな。魔物にお前の言う普通の場所を作るとは」
「仕方ないだろ。惚れちまったんだからさ、その魔物に」
「それでも魔物だ。戦いに喜びを感じ、戦う事が普通の魔物に、のんびり暮らすとは」
「別に無理に俺に合わせてもらうつもりもない。妥協できるところは妥協するさ。人間と魔物、種族も思考も違う。なら認められるところは認めて受け入れちまえばそれでいい」
「随分簡単に言うな。それがどれだけ大きな差か分かっているのか」
「知らねぇよ。知らねぇから、手探りで頑張ってんだよ」
「そうか。それでそうする?お前の仲間が皆来たみたいだが」
ああ、感じていた。
近くで俺を見る仲間の視線ぐらいすぐ分かる。
俺の後ろから現れ皆は笑いながら言う。
「流石パパ、そんな事魔王の前で言えるなんてね」
「リュウよ、私も手伝うのだ。リュウの甘ったるい夢を」
「よい宣言でしたよリュウ。流石私の夫です」
『オウカの言う通りドラゴンには少し甘過ぎるな。だがそう言う場所は合っても問題ないだろう』
「主の夢、確かに聞きました」
マークさん以外が口にしながら俺の中に入って来る。
『リュウの夢、手伝ってあげる。私も子供欲しいし』
『私も安心して眠れるところに興味があるわ。もしリュウが作ってくれるなら、一番安心出来るしね』
体内からもリルとウルの声が聞こえる。
ああ、不謹慎だがとても落ち着く。
『一体化』のスキルは中に居るリル達にもダメージを負わせてしまうというのに、俺の中に居ると思うととても安心してしまう。
「リュウ様、私は梅雨払いに徹します。ご安心して魔王に向かって行ってください」
「助かります」
「敬語は不要ですのに……」
そう言って手元に魔方陣を展開させながら周囲を警戒する。
俺の邪魔をしようとしたら、即座に殺すのだろう。
「…………それがお前の本気か」
「どこが?さっきとそんなに違いはないはずだが?」
「いや違う。お前の仲間が入って魔力が上昇しただけではない、明らかにお前自身が変わった」
「そうなるととことん俺はダメだな。仲間がいないと何も出来ねぇ」
ロウと蒼流を抜いて構える。ロウと蒼流も随分と高まっている。
それでは思いっきりやろうか。
仲間がいる状態での、全力で本気の戦いを。




