魔王に狙われてた
式典が終わり、落ち着いてきた頃にカリンの母親がやって来た。
「お久しぶりです。魔王」
「そう固くしなくて良い、きちんと娘を守っているのだからな」
魔王の膝の上にはいつも通りカリンが座っている。いつまでこの魔王ブームは続くんだろう。
一応龍皇国で買った酒も出したんだが一切飲まない。
カリンはほぼ諦め状態になっているようでされるがままになっている。
カリンの叔母も少し呆れた様に魔王の後ろに居る。魔王は気にも留めてないのかカリンを抱き締めて放さない。
「姉さま、本日はカリン様の顔を見に来ただけではなく大切な話がある事をお忘れにならない様お願いします」
「お前もあの場に居たのだからお前から話せば良いではないか。今は忙しい」
カリンを抱き締めるのにか?それと重要な話って?
カリンの叔母の方に顔を向けるとため息を一つしてから話した。
「この大森林が魔王に狙われています」
「え、ええ!?」
「え‼お母さんそれ本当!」
「うむ。昆虫の魔王がこの森の木々を狙っている」
「詳しく話してもらえるか」
これは大問題だ。もしこの町どころかこの大森林そのものを狙っていると言われたら戦うしかない。
少しでも情報が欲しい。
「詳しくと言わても大した事は知らぬ。それでも良いか?」
「構わないから本気で頼む」
「お母さん」
「カリンの頼みなら仕方ないな~」
相変わらずデレデレだ。少しカリンの頬に頬擦りすると話始める。
「狙われていると言ってもそう最近の事ではない、随分と前から狙っておった。確かにアトラスは強いのだが奴の領地である森はこの大森林ほどの広さではない、それ故仲間の住処が減ってしまったのだ」
「住処って魔王で恐れられてるんだろ?何で住処が減る」
「住人が増え過ぎてしまったのだ。安全な森に魔王となった強者の元に居るという事はそれだけで安全が保障されていると言うもの、魔王の庇護下に入りたく他の森からも多くの昆虫型の魔物が我も我もと押しかけて来た。当時は部下も少なく皆森に受け入れたが……」
「その子供達が増えて住処が減ったっか」
「そう言う事だ」
まず分かった事は狙っているはアトラスと言う名の昆虫型の魔王、侵略理由は土地の確保。
随分と前から狙っているという事は既に偵察ぐらいは出していると考えた方がいいだろう。もしかして前に狩ったポイズンスパイダーもその魔王の仲間だったりするのか?
いや、不確定な事で動くのはまずいか。まずは精霊王と龍皇に連絡だな。
「アオイ、龍皇に連絡。それから長老達にも連絡してくれ、マークさんにも手伝ってもらう」
「長老達にはどのように伝えましょう」
「頼みたい事がある。元からこの大森林に居た昆虫とそうでない昆虫を探し出してほしい。正直大変な仕事だと思うが出来るだけ頑張ってもらいたい」
「「承知しました」」
いつの間にか後ろに居たアオイとマークさんが動き出す。
それにしても昆虫か。厄介な相手だ。
昆虫は世界で最とも繁栄している種族と言っていいだろう。住処や防衛手段として最も多彩に進化し続けた種族と言っていい、それが今回の敵か。
「…………面倒だな」
「そうであろうな。奴の軍勢は魔王内で最も多い、さらに毒を使ったり糸を使ったりと厄介なのだ」
「お母さんの所には来ないの?」
「来ないであろう。単に遠いという理由もあるだろうがこちらの種族には食蟲主義の者が多くいる事も理由の一つであろう」
ああ、鳥だもんな。虫を食う連中はたくさんいるか。
まぁ町の中にも虫を好んで食う奴は居るが意外と多いんだよな……おやつ感覚で。
そう言う奴らなら意外と外来種に詳しいかも知れない、ずっとこの森の虫を食ってきた連中だ。詳しいはずだ、食料として。
実際春ごろに出てきた精霊王の領地内に出てきた魔物の幼虫退治で大活躍したのが居たみたいだからな、そいつらに本格的な調査を依頼しよう。
「リュウ様大変です!」
少し考えていると幼い声が部屋に入ってきた。入ってきたのはエレンだ。
「どうしたんだエレン」
「は、蜂が‼軍隊蜂が急に花畑と畑に現れました!」
蜂……しかも軍隊蜂か。
軍隊蜂、確か正式名はアーミービー。常に複数で行動し、強力な顎と毒で攻撃してくる厄介な蜂だ。
厄介なのは一匹殺すとすぐさま別の蜂が目に見えない程の速度で襲ってくる点だ。しかもその巣を突こうものなら何千単位の蜂に襲われ、食い殺されてエサになるとか。
「被害に遭った奴は居るか!」
「す、すぐに逃げたので被害は出てません。でも花畑の方にいっぱい蜂が」
「具体的には?」
「早過ぎて数えられなくて……」
「そうか。被害がないならすぐに街に戻れ、エルフでもキツ過ぎる相手だ」
「畑に居た人は皆逃げました。耳がいい人が居てその人がすぐに蜂が来たって言ってくれたから皆すぐに逃げたら……普通の蜂じゃなくて軍隊蜂で……」
「そうか。よく逃げたな、後は任せな」
「お願いします」
俺は花畑の方に向かった。まさかいきなり街の方で暴れて来るとは思ってなかった。蜂が相手となると戦える存在は少ない、蜂には毒がある事は周知の事実なので誰も手を出さない。
俺が花畑の方に向かうと既にとある長老が居た。例の食蟲主義の長老だ。
毛深いサルの様な姿だが、特徴としてその指はとても細くて長い。そしてこの森で生きている魔物らしく牙もとても鋭い。
「長老、被害はまだ出ていませんか?」
「出とらんよ、賢者の小僧が念のためと言って結界を張っておる」
「タイガが?」
「先ほどまで儂らが勇者達で遊んでおった時に蜂騒ぎあったもんでな、ついでにここまで来た」
「助かります。ところで長老達も軍隊蜂をお食べに?」
「食うとしても基本はその幼虫だけじゃな。美味いが興味あるか?」
「遠慮しておきます」
「お前も食わず嫌いじゃの~美味いのに」
何と言っても虫を食う程腹減ってません。それよりティア達だ。あいつら絶対見つかったら殺される。
「あれがアーミービー、初めて見ました」
「と言うかああいう危険な虫も居るってやっぱり普通じゃないですね」
「常に複数で行動、顎や毒の威力は分かりませんが絶対に食らったら死にますね」
「あれは逃げた方がいい相手なのは分かるよ」
「……作戦会議中悪いが帰ってくれねぇか?」
ティア達に近付いて話すと驚いた様子もなく普通に話す。
「戦う気はないよリュウ。あれは私達よりも強い」
「直ぐに相手との力の差を感じられるところは上出来、後は任せて離れろ」
「皆、行こう」
ティア達は離れていく。今回はかなり速い相手なので逃げられたら相当厄介だ。
そう思い、さっさと殺そうかと考えていると長老から待ったがかかった。
「待つのじゃ、今襲ってはまずい」
「そうなんですか?」
「あの中心に居る蜂を見よ」
そう言われて中心に居る蜂を見る。
他のより一回り小さい蜂と二回り大きい蜂が何やら等間隔で飛んでいる。
「あれって何をしているんです?」
「交尾じゃ」
「交尾?え、なら余計今の内に殺しておかないと」
「ならぬ!確かに軍隊蜂は脅威じゃがその幼虫はとても美味い‼その蜂がこれから子をなす前に殺してしまっては幼虫が食えん!」
あ~完全に食う事を考えてるよこれ。蜂の危険は段違いだが養蜂と考えれば納得できるか?確か蜂蜜って高級食材扱いだったような…………
皆には説得しておくか。
「……後で皆さんを説得するので女王以外は殺してもいいですか?」
「よい。久しぶりの軍隊蜂の幼虫が食えるぞ……」
長老が言うと長老と同じ種族の若者たちが生唾を飲み込む。俺は幼虫じゃなくて蜂蜜狙いだけどな。
少し見守っていると大きい蜂は小さい蜂を食べ始めた!
「……交尾は無事終わった様じゃ。では食いに行くとしよう」
今回は長老ボスという事で大人しく指示に従おう。




