勇者対熊!
ティア達を置いて俺はカリンとエレンを抱えて離れた。少し離れた場所で気配を殺し、ティア達の様子を見る。
「リュウ様?勇者達を放っといて良いんですか?」
「これも修業だって。子供達の集団での狩りの仕方を教えさせる時もあいつを狩らせるんだから問題ないって」
「でも勇者達は丸腰じゃないけど大分疲れてるけど良いのかな?」
「大丈夫だって。武装もちゃんとしてるし問題ない」
今日からの修業は本気の装備を着させながら行っていたので装備的には問題ない。問題は恐怖心や疲労感ってとこだな。
あ、早速熊を相手に陣形を整えてる。ティアと鍛冶師の人は前衛、グランさんとゲンさんは中衛、タイガにマリアさん、魔術師の人は後衛だ。
多分グランさんは後衛のための盾役って所かな?中距離攻撃が出来ないのは少し不安か?
でもあの熊、一撃が強いから盾役は相当タフで重くないと厳しいんだよなぁ。でもその分動きは遅い方だしどうにかなるか?
お、まずは熊の方から攻撃してきたか。ティアは避けたが鍛冶師の人はすれ違いざまにハンマーで攻撃できたのは良い方か。でもその程度じゃ大した攻撃にはならない、精々足を少し止めるぐらいだ。
ハンマーは熊の足に当たったが構わず牙で鍛冶師を仕留めようとする、しかしそれを後衛であるタイガの魔術が当たった。威力も大して出してないし、気を引き付けるためって所か。
熊はタイガの方に目線を移している間に鍛冶師の人が場を離れる。そこにゲンさんが投げナイフを投げるが全く刺さらない、当たり前だ。あの程度の安物ナイフじゃあの毛皮を貫通するとは思えない。
「手間取ってますね」
「そりゃて手間取るぐらいの敵にしたからな」
「あの熊の素材とかどうするの?」
「そりゃあいつらにやるよ。仕留めればな」
「あ、何か喧嘩し始めましたね」
エレンの言葉で視線を向けると確かに言い争っている。
どうやらあの熊から獲れる素材が欲しい様だ、その事で鍛冶師とゲンさんが怒鳴り合っている。
「全く、余裕ある時に素材狙えよ。素材とか言えるような相手にしてないぞ」
「手伝う?」
「まだいいだろカリン。それじゃ修業にならない」
「それじゃお腹空いたから何か狩って来るね」
そう言ってカリンはどこかに飛び立ってしまう。多分好物の蛇でも狩りに行ったのだろう、最近のカリンはとにかく蛇を食う。それと何故か毒蛇が特に好物な様で少し大変な時がある。
ま、街的には危険が減るから良いんだけど。
なんで毒蛇が好物なんだか、俺に似て悪食にならないと良いけど。
おっとティア達の様子も見ないと。
言い争いも終わりどうにか熊に向かっている。タイガも魔術師の人も炎の魔術を使っているのを見ると素材は諦めた様だ。
グランさんは盾役として機能してない、熊の一撃で宙を飛んでいる。
タイガ達の魔術攻撃がそんなに効いているとも見えないけどな。魔力制御が甘いせいで威力を上げれてないし、こりゃダメだ。
マリアさんの方はまぁまぁかな?付加術も全体に掛けているし回復系の術も以前に比べれば大分上達している。
ゲンさんは中距離から相手の様子を見て的確に指示を出している。簡単な攻撃魔術なら使えるのか、たまに気を逸らす程度の攻撃を熊に当てていた。
ゲンさんが司令塔って事かな?てっきりティアがするものだと思っていたが前線で戦っている人よりも良いと判断したのか?
ティアは大分上達したな。剣による連続攻撃も流れる様に行なえる事が出来る様になってるし、魔術も攻撃だけではなく防御やフェイントとしても使っている。強くなったな……
全体の連携としては俺達よりも優れていると言って良いだろうな。
俺達の場合個の力が強過ぎて逆に邪魔になってしまう事ある。もちろん力を抑えて連携しようと思えば出来るがそれよりは一人で全力を出して潰しに行った方が楽だし、何よりこちらは強い者の数が少ない。
強敵に複数で挑むのも戦略だろうが防衛戦となった場合はそうは言ってられない。町の連中の力も底上げ出来るならした方が良いかもな……それともあいつらに防具でも与えて?いやそんな作れるような技術もないし武装はまだまだ先か。
その内実現させてみたいとは思うけど。
そんな事を考えている間もティア達の戦闘は激しさを増す。
熊も苛立ちからか攻撃力が増しているし、疲労からかティア達の動きが大雑把になりつつある。必要以上に大きな動きで避けているので余計疲労が溜まっているんだろう。
グランさんは盾役を止め、ティア達と同様に前線で戦っているがあまり深くまで攻撃は与えられてないな……本当に手伝った方が良いか?
「はあああぁぁぁぁぁ‼」
そう思っていた時にティアが大声を上げながら熊に深々と剣を突き刺していた。普通の熊ならこれで終わりだが相手は魔物の熊、この程度ではまだ死なない。熊は剣が突き刺さった状態で身体を振り、ティアを無理矢理引き剥がした。
転がるティアに熊がとどめの一撃を入れようとする。タイガ達も助けようとするが間に合いそうにない。
だから俺は草むらから出てティアを熊の一撃が来るよりも早く抱え上げてマリアさんの所まで移動した。
「え、リュ、リュウ!」
「危なかったら助けるって言ったろ。それよりあとちょっとだから頑張りな」
「う、うん」
下手な所を見られたからか顔を赤くしているが怪我とかはない様ですぐ予備の剣を抜きながらに熊に向かって行った。
向かって行ったのを見送るとふと隣から目線を感じる。その目線を送っていたのはマリアさんだ。何やらニヤニヤしている。
「どうかしました?」
「いや~まるでお姫様を助けた王子様みたいになってたなーって思ってただけ」
「何ですかそれ?俺は今まで助けなかった薄情者みたいな事してたんですよ」
「それでもね~」
言っている意味がよく分からない。それとタイガが小さく「僕も鍛えないと……」って言っているのが気になる。
長距離限定じゃ不安な部分もあるしそれも良いかも、それも今度視野に入れておくか。
視線をティアに戻すと突き刺さった剣の影響か、熊の動きが徐々に鈍くなっている。流石にそろそろ死ぬだろう。だが油断してはいけない、手負いの獣ほど恐ろしい相手は居ない。
ああいった状態の相手は逃げられないと分かると、とてつもない力を発揮する。おそらく『生存本能』でも覚えるのだろう、生きようとする力があればあるほど覚えやすい力だからな。
それでも頑張って戦うティア、そしてようやく熊は力なく倒れた。
ぐったりとしていて放っといてもおそらく死ぬだろう。そこにティアが腹に突き刺さった剣を抜いて振りかざす。
「ごめんね」
そう言った後ティアは熊の首を切り落とした。
その後ティア達は気が抜けたのか、ぜぇぜぇと息を荒げて座り込んでしまった。
「やっと終わった~」
「キツ過ぎですね」
「タイガはまだマシ、私なんてずっと動き回ってたんだから」
そんな会話をするティアとタイガ、他のパーティーもそんな感じだ。グランさんと魔術師の喧嘩を仲裁するゲンさんにその喧嘩が煩いと怒鳴る鍛冶師、マリアさんは静かにしゃがんで休んでいる。
「そんじゃさっそくそいつを調理するから」
「リュウ、本当に美味しいの?」
「美味いって、ほんとだから」
そう言っていると上空から鳥の鳴き声がした。見上げるとカリンが得物を獲って帰ってきたようだ。
獲物を掴んだまま帰ってきたカリンは動物状態だと既に2メートル強ほどに成長している。本当に大きくなったな。そしてその鋭い爪で掴んでいるのは巨大な毒蛇だった。
「またこいつか。毒蛇が減るのは悪い事じゃないが加減してくれよ?生態系が狂う」
そう言っておいたがカリンは甘える様に鳴くだけで返事がよく分からない。ま、素直な子だし大丈夫だろうけど。
そう思いカリンを撫でているとティア達がこちらを見て呆然としていた。
「何だよ、こいつも食うからって驚いてんのか?」
「と言うかその蛇、Sランクだったよね……」
「そんなの知らん。さっさと食うぞ、エレンもこっち来い!」
まだ草むらに隠れていたエレンを呼んで遅めの昼食となった。




