side 勇者 力の差
私、ティアはヒカリを止めるために言う。
「信用されてないからこそ慎重に行動しようよ。まだ私達には早いって」
「それでも確認しなければなりません。新たな脅威かも知れないんですよ。ティアとタイガは幼馴染として脅威にはならないと思っているようですが私は違います。彼はきっと脅威になる」
「それなら刺激しないと言う手段もあるけど?」
「タイガ、彼方にも分かるでしょ。あの異常さが」
「確かに異常と言っても良いかも知れない。けれど異常な行動はとらないと思うよ」
それはもうしているでしょ。大森林に侵攻した部隊が襲われた相手はリュウだ。
森を守るための行動とは言え全滅はやり過ぎだと思う。どのような手段を用いたのかは分からないがきっと私達には出来ない方法だっただろう。
「それがこれからの一生、続かない保証はないでしょ。それに私はあれが人間だとは思えない」
「それは止めて」
ヒカリは驚いたように私を見る。
「ティア?」
「確かにリュウは普通じゃないし、とても強大な力を持ってる。他にも強い魔物達がリュウに協力してる。でもね、確かにリュウは私の知ってるリュウだよ。人間じゃないだ何て言わないで」
自分でも驚くぐらい、冷たい声音だった。
あのアンデットの魔王へ向けた声よりも冷たい。
そのぐらい冷たく、それを仲間に向かって言った事にも自分が自分に驚いた。
ヒカリはおそらく私以上に驚いている。
「し、しかしティア。彼は魔物と共に居ます。生活も行動も人間と言うよりまるで野生の獣、それ以外に適切な言葉が見付かりません」
「それでもリュウは人間だよ。ただ強くなり過ぎて、ただ魔物に囲まれてるだけ。リュウは人間だよ」
「まさか俺の事を人間と呼ぶ奴がまだ居るとは思ってなかった」
突然、頭上から声が聞こえた。木の上から飛び降りて来たリュウは私とヒカリの間に立った。
「こっから先は立ち入り禁止だ。お前には信用がない」
「……もう来ましたか」
「そりゃ来るさ。この先には俺の宝が大量にあるんだ。見ず知らずの誰かさんに見せる程どうでも良い物じゃない」
「それはさらに確認しないといけませんね。貴方は脅威です」
「警戒されるのも仕方ないと自分でも分かってるさ。でもな、俺はお前らに危害を加える気はねぇよ?でなきゃ修業を付けたり初めからしないっての」
「何の目的です?初めからそこが分かりませんでした。貴方にとって不都合なはずですから」
「一つはティアとタイガを強くする事で生存率を上げたかった。強ければそれだけ妙な仕事を押し付けられても生き残れると思ってな。他の勇者パーティーも鍛えようと思った理由はその辺だ。力の差があり過ぎて足手まといになる可能性があったからな。ま、もっと簡単に言うならサービスだよ。サービス」
「なる程、ティア達の強化ですか。それ以外に理由は?」
「特にない。ティアの魔物嫌いをなくす良いチャンスだと思ったのも事実だけど」
私とタイガを置いて話すリュウとヒカリ。
するとヒカリは一つの札を取り出した。あれは確か。
「ヒカリは本気みたいだね」
「ヒカリ……」
「あの札なんだ?知ってんだろ?」
「使い切りの装備を身に着けるアイテムだよ。あれで本気の状態になるつもりらしい」
タイガが解説をするがリュウは「ふ~ん」と言うだけで大して脅威とは思っていない様だ。リュウの力なら全力の攻撃でも耐えれる自信があるんだろうか?
ヒカリは札を使い装備する。愛用のレイピアをリュウに向けて言った。
「完全な脅威になる前に死んでいただきます」
「確証がないなら止めりゃぁ良いのに。それと最終確認だ。ここで攻撃すれば俺はお前を一生信用しない」
「それは私のセリフです。私は始めから貴方を信用していないんですから」
「そりゃ残念」
ヒカリは構えるがリュウは構えない。手をズボンのポケットに入れたままとてもリラックスした状態だ。
ヒカリの攻撃は私達の中で一番速い。あんな余裕な状態で防げるのだろうか?それとも逃げに徹するのだろうか?
そう思っている内にヒカリが攻撃を仕掛けた。ヒカリの動きは霞んで見える程の攻撃がリュウに繰り出される。
「リュウ!」
「そう慌てんなよ。無事だから」
リュウは私に向かって笑った。
何で?と思っているとヒカリのレイピアがリュウの身体に当たる少し前で止まっている事に気付いた。なぜ止まっているのかは分からない。
「はああああぁぁぁぁぁぁ‼」
ヒカリは声を上げながら連続で突きを繰り出すが全てリュウの当たる直前て止まっていた。
その仕組みに気付いたのはタイガだった。
「リュウの奴、度胸あるな」
「どういう事?」
「ちゃんと目を凝らして見てみて、ヒカリの攻撃が当たる直前に小規模の防御魔術を使ってる」
「……あ」
言われてようやく気が付いた。確かにリュウの前に小さな魔方陣が現れている。その小ささは本当にレイピアの先端程度の直径しかない。
それを的確にヒカリの攻撃に合わせて守っているだとしたら。
「……タイガ、あれが出来る様になるまで何年掛かる?」
「さぁ?出来る様になったとしても僕はしたくないよ。怖くて出来ない。本当に度胸があるよ」
「でもお陰で大した魔力消費はしてないね」
「でも普通はしないよ。点の攻撃を点で防ぐなんて」
そんな会話をしているとヒカリは一度舌打ちをしてから離れて今度は魔術でリュウに攻撃する。しかしその攻撃も簡単に魔術で防がれている。
リュウは私に振り向いた時からまだ一度も動いていない。それだけ圧倒的な力の差があった。それでもヒカリが攻撃の手を緩めないのは聖女としての意地だろうか?
「はぁっはぁっはぁ。攻撃しないのですか?」
「だってこっち受けに徹してれば勝手に消耗してくれると思ってたからさ。あえて攻撃しなかった。俺なら一撃で殺せるし」
「殺すのですか?私を」
「今は止めとく。ティアの前だし」
そう言うとリュウが初めて動いた。一瞬だけ気配が消えたと思うとリュウは既にヒカリの鳩尾に深く、拳を入れていた。
本当に見失った。
あの強い気配が消えたと思ったらすでに倒していた。ヒカリの意識は既に飛んでいる。
でもまだ生きていた。
「ティアも気配を消す修業は今もしてんだし、出来るだけ早く習得すると便利だぞ。かなり使い勝手がいい」
「え?そんな事してたっけ?」
「させてただろ。例の鬼ごっこだ」
さっきの鬼ごっこを思い出したが、まさかそう言う思惑もあっただなんて分からなかった。てっきり逃げる事による基礎体力だとばかり思っていた。
「場所による走り方、気配を消してやり過ごすやり方、相手の気配を察するやり方と色々覚えないと子供とは言え逃げ切れないっての。生まれ持った力の差は元から大きいんだからな」
「分かった」
「タイガも」
「はーい」
「さて、どうすっかなこいつ。転移も面倒なんだよな、なんかに使える気もするから勿体無いし」
そう言って気絶しているヒカリに目線を向ける。
あまり酷い事をしてほしくはないけど非はこちら側にある。どうしよう……
「リュウ様、宜しいでしょうか?」
「あ、マークさん。やっぱ来てた?」
「はい。問題が起こった様でしたのでこのように参上いたしました。その聖女をどうするかお考えの様ですが何なら一つご提案しようかと」
「ティアの前だから過激な内容じゃないならな」
リュウの前に急に現れ、恭しく膝を付いたのは執事だ。見た目は完全に人間と同じ。魔力に関しては抑えているのかあまりはっきりとは分からない。
その分、不気味さがある。
「提案として聖女に隷属の呪いを掛けるのはどうでしょうか?教会側の動きを知るため、敵に毒を盛られた力ある者を送るのはどうでしょう?」
「……やっぱり過激じゃねぇか。でも案としては良い。でもこんな奴隷俺要らね」
「では代わりに私かダハーカ様が適任かと思いますがどういたしましょう」
「ならマークさんに頼む。教皇にバレない様にしてくれよ。ティア達も良いか?おそらく二度と一緒に戦う様な事はなくなっちまうと思うが」
リュウが私に聞いてくる。
確かにここでリュウの行動を見逃せば仲間を売った事になる。個人的にヒカリと一緒に戦えなくなるのも痛手だし寂しい。
でも。
「洗脳とかはしませんよね?」
「洗脳は最初だけですよティア様。今回は彼女を森の外に捨て、教会本国に向かうように促します。その後は聖女が得た情報を私が共有しますので始めだけとなります」
「……無理矢理変な事させたりしませんよね?」
「そのようにした場合、教皇に隙を付かれる可能性が浮上しますので出来ない、と言った方が正しいですね」
「…………お願いします」
「え、良いのか?俺が言うのも何だけど」
「仕方ないよ。先に手を出したのはヒカリなんだから。生きて酷い事がされないだけましって思わないと」
「リュウ、ティアも辛いだろうし行動は早めに頼むよ」
「お、おう。じゃマークさん、お願いします」
「畏まりました」
そう言うとヒカリの顔に禍々しい刺青の様なものが広がっていく。身体は鎧で見えないがおそらく同じ事が起きてるだろう。
気絶したまま知らぬ間に隷属の呪いは掛けれたくない。
「終わりました。では聖女を森の外に捨てて参ります」
「魔物に食われない様にな」
「では失礼します」
そう言って執事は森の外に向かって歩いて行った。
リュウは私達に顔を向けて頭を下げた。
「悪い。出来るだけこういう事態にはしたくなかったがこんな事になっちまった」
「ううん、ちゃんと止めなかった私達も悪かったんだから一人で悪いって言わないで」
「確かに、僕もヒカリがここまで行動に移すとは思ってなかった。見つかったら引き返すと思ってたからね」
「でも隷属とかそう言うのもあるし」
「それじゃヒカリが居なくても強いパーティーになるように修業付けてよ」
そう私が言うと不思議そうにリュウが顔を上げる。
「そんなんで良いのか?」
「良いの、止めなかった私達にも責任はあるもん。皆には私の方から旨く説明しておくから」
「それにどっちかって言うと僕達の方に非は大きいと思うしね。止めていればこうならなかったんだから」
「……分かった。責任を持って魔王級になるまで修業付けてやる」
「え、ええ‼」
「明日っから厳しくいくぞ。この事も言っといてくれ」
リュウはいやらしい笑みを浮かべながら言った。
え、本当に魔王と同じぐらいの強さにするつもりなの!?
「自分で言いだしたんだから最後まできっちり頑張りな」
「そ、そんな……」
「ティア!どうするの!これじゃ強くなる前に耐えきれなくなっちゃうよ‼」
ほ、本当にどうしよう……
リュウはまだ含み笑いを続けていた。




