side 教皇
「教皇様、お疲れ様です」
「いえいえ、これも私の仕事ですよ。では次は会議ですね」
一人のシスターが教皇の椅子を引き教皇の行動を邪魔しない程度にサポートをする。教皇は御年八十を超えた、しかし歩くだけなら杖も必要ないし背中が歪み、腰が折れている訳でもないので実年齢より少し下に見える。
しかしただでさえ質素な食事を食す量も減っているので確実に寿命が近付いているのは確かだ。
教皇は自分の死の前に一匹でも多くの魔物を減らす事を願っている、今回の会議もそのためのものだ。
教皇は最も広大な会議室まで歩いてきた。そしてすぐに隣に居たシスターが教皇の代わりに扉を開ける。
「皆様遅れて申し訳ありませんでした。少々説明に手間取りました」
「おやめください教皇様。我々に頭を下げるのは」
「そうですよ。教皇様は常に未来の事を考えていらっしゃる」
教皇の言葉にすぐに反応したか彼らは教皇が教皇になる前の熱心な弟子だ。その教皇の言葉を信じて疑わない者達だ。
教皇は微笑むとそれだけで弟子たちは喜びに満ち溢れる。
その後教皇は自分の席に座る。もちろんシスターが椅子を引いた。
この会議場に居るのは皆各支部に居る枢機卿達だが彼女だけは大司教だ。しかし教皇自ら選んだ世話役であり、教皇に選ばれた者として強い嫉妬の対象になる事も多い。
「では会議を始めましょう。今回の議題は大森林での魔物狩り、そして魔王の討伐、最後に危険因子の排除についてです」
「魔物狩りについては問題ないでしょう。大森林周辺の大国から多くの兵を借りる事が出来ました。ライトライトについてですがフェンリル対策用に集めた兵をそのまま利用するつもりの様ですのでライトライトからはあまり期待出来ないかと」
「そうですか。ではラエルから借り受ける事の出来る兵の数は?」
「およそ二万人です。十分な数だと言えます」
教皇は嬉しそうに頷く、大国ラエルは大森林に近い所にある大国でありよく教会に魔物の討伐を頼む国だ。大森林に近い大国と言うだけあり兵一人一人の実力も高い国であるが、大型の魔物が現れた際に援助を願う国でもある。
「そうですね。ラエルには感謝しなければ。しかし数だけで優勢になっても魔物は強大、我が国からも騎士を派遣しましょう」
「どれ程の人数にいたしましょうか?」
「七千人程にしましょう。少々多い気もしますがよろしくお願いします。それから皆中位以上の騎士の編成でお願いします」
「……七千人となると少々多いですね。七千人中五千は下級騎士でも構いませんか?」
「……そうしましょうか。七千もの人数となるとやはりそう簡単には集める事は出来ませんからね」
その言葉に各枢機卿達は胸を撫で下ろす。
七千となると各支部からも中位以上の騎士を失う事になるからだ。
彼らは常に強大な魔物から国を護る仕事に就いている以上そう簡単に手放す訳にはいかない。
教皇は常に万全な状態での戦いを好むので少々残念な気持ちになったがラエルの兵二万が居るあら問題ないだろうと判断した。
「では次に魔王の討伐についてですが」
「あ、あの」
教皇が次の議題に移ろうとした際に一人の枢機卿が手を挙げた。
その枢機卿はまだ若く経験も浅いがひた向きな神への祈りによって最近枢機卿になったばかりの者だ。若いと言ってもすでに五十は超えているが。
「どうかしましたかな。ナレル枢機卿」
「その、勇者様を本当に魔王討伐に行かせてよろしいのでしょうか?彼女にそこまでの力があるようには思えないのですが……」
「そうでしょうか?彼女は覚醒した。十分渡り合えると私は考えています」
「し、しかしもしもと言う場合がございます。せ、せめて今回の魔物討伐で一定以上の魔物を倒すに変更できないでしょうか」
オドオドしながらもはっきりと言ったナレル枢機卿の言葉に頷く気配がした。
頷いたのは勇者によって国を守る事の出来た国に配属されている枢機卿達だ。
しかし教皇は頷かずに言葉を続ける。
「大丈夫でしょう。彼女は勇者です。しかも今回覚醒した事を確認しました。覚醒前ならいざ知らず覚醒しているのなら問題ないでしょう」
「しかし彼女の損失は世界を護る剣を失う事と同じ、十分に勝てる様になってからでも」
「それでは遅いのです。東南の魔王候補に続きとある人物が世界の敵になる可能性があります」
教皇はその事を危惧している。
新たな魔王の出現だけは何としても止めておきたい事であり、それが二体になる事だけは避けたい。
「このカードをご覧いただきたい」
他の枢機卿達にカードを見せた。
文字の配列がおかしくなったカード、それは中々見る事はない。
「このカードは故障ですかな?」
「いえ、このカードを調べたところによりますとこれは隠蔽されているのです」
さらに会議室は騒ぎ始める。
カードの技術は教会が所持している技術の中でもトップシークレットの一つ、それを簡単に隠蔽すると言う事はそれだけでも卓越した者と言う事になる。
「隠蔽?それ程の技術を持っていると?」
「このカードを所持している者自身がしたのか、所持している者の従魔がしているかは不明ですが明らかにこれは意図的に隠蔽されています」
会議室に居る者が皆驚きの声を上げる。
教会に属している者にとって従魔契約はまさに禁忌、それは聖典で最も禁止されている所業なのだ。
「まさか三つ目の議題が?」
「はい、その危険因子の名はリュウ!五体の魔物とすでに契約しているとの報告もあります」
「五体も!」
普通は一体と契約するだけでもかなりの運と力を必要としている従魔契約を五体ともなると話はさらに大きくなる。
「よってこの者を早急に排除する必要があるのです」
これには誰からも異論はなかった。
そのリュウと言う人物は危険と判断された。
「だからこそ勇者様には一体でも魔王を倒していただきたいと考えています」
「し、しかしそれならその方を倒せば」
「そのリュウと言う方は勇者様の幼馴染、優しい勇者様には酷な話かと」
その言葉にナレル枢機卿も黙ってしまった。
勇者ティアが優しい勇者である事は以前会った際に知っているからだ。
「ご理解いただきありがとうございます。そしてナレル枢機卿には大森林の引率をしていただこうと考えています」
「私がですか!?」
「あなたは一度魔物の恐ろしさを経験した方がよろしいと思います。他にご意見のある方は?」
意見など出るはずがなかった。
意見を言った自身がその場に行く事になるのは目に言えているのだから。
その後は細かく騎士や兵の事を相談し、会議は終する。
大森林にはラエルの兵を中心とし、魔王討伐には教会の騎士を中心にする事、そして危険分子の暗殺についてはまた後日と言う事で会議は終了した。
その危険分子は教会の手に届かない極東に居るからだ。
教皇はシスターと共に自身の部屋に帰る。
その教皇の部屋は質素とはかけ離れた贅を尽くした家具が多くあり、教皇はソファーに座った。
シスターは教皇に水を持ってくる。
「会議、お疲れ様でした」
「ありがとうございます。しかし年のせいかあまり身体が動かなくなりました」
「仕方がありません。そればかりは教会の秘術を使ってもどうしようもありません」
「しかし悲しい事です。年々身体が動かなくなるのは」
教皇は水を一杯口に含み、飲み込むとシスター続けて言った。
「教皇様、勇者様は本当に魔王を倒せるでしょうか?」
「倒してもらうのです。何としても」
それ以上は語らない教皇、シスターは静かに部屋を出た。
教皇はただ願う、魔物のいない世界を願い続ける。
どんな手を使ってでも。




