side 勇者 手合わせ
教皇から無理矢理言われた内容に愕然とするしかなかった。
魔王討伐と大森林の魔物達を同時に相手しろと言っているようなものだ。
「それにしても教皇様も焦り過ぎじゃないかな?二つ同時にこなせだなんて」
「そうですね。最近の教皇様は何かに追い詰められているように感じます。一体何があったのでしょうか」
ヒカリは教皇様と話した通信室を見ながら言った。
あの強引な終わらせ方には何かあると考えておいた方が良いと私は考えている。
ここまで無茶な事はなかったし、何か教会内で問題でも起こっているのだろうか。
「とにかく今は騎士団の皆を護りましょう。こんな良く分からない任務で命を落とすだなんて馬鹿げてる」
「そうだねティア。それに約束は守らないとね」
「約束?一体誰とですか?」
ヒカリは不思議そうにしているが、流石にリュウの事話す訳にもいかないし、信じないだろう。
とにかく今はフェンリルの討伐を中止、および騎士団の皆を出来るだけ止めないと。
「ちょっとね。今回の件でフェンリルの討伐は見直される事になるだろうからそのためのお仕事」
「確かに魔王討伐が優先になるのは目に見えていますからね。ではフェンリル討伐部隊からそのまま魔王討伐に変更しますか?」
「そうするのが早いかも。タイガも手伝って」
「分かったよティア」
こうして騎士団の皆への説明と国王への書類についても考えないといけない。
……こういう時自由なリュウが羨ましい。
気に入った仲間と共にあっちこっち好きに行けるのだから。
そして騎士団に帰ると皆が一気に私に詰め寄って来た。
「ティアさん振られたって本当ですか!」
「しかもそいつ既に妻子持ちって本当か!?」
「例の幼馴染がティアちゃんを殺そうとしたって本当か!」
「ちょ!ちょっと待って!どう言う事になってるのこれ!?」
騎士団のドアを開けると皆が一斉に聞いてきた。
中には既に尾ひれが付いているものまである、おそらくぺらぺらと話したと思われる人を睨んで私は叫んだ。
「グラン‼これはどういう事!?」
「悪いな嬢ちゃん。こいつらどうしても聞きたいって言うもんだからさ」
「特に何で振られた事まで!」
「振った?私のティアちゃんを振った?その話ティアちゃんからちゃんと聞きたいな~」
すぐ隣に居たヒカリが固まった表情で私に振り向く。
ヒカリは怒るといつものですます調が無くなるので分かり易い。
私は仕方なく皆の誤解、一部本当だけど訂正しながら私は説明をした。
私はまだリュウの事を諦めていない事を言うと落胆する者と応援する者とはっきり分かれた。
「と言う事で私はまだ諦めていません。これは本人の前でも言いました」
「いよ!ティアちゃん強い‼」
「そうよ‼ぽっと出の女達何て蹴散らせちゃいなさい!」
「何だ。まだ心はそいつに向かってるのかよ。チャンスかと思ったのに」
「仕方ないさ。それに諦めていたとしても次の相手はあの二人だぞ」
皆聞こえてるよ。
そしてプルプルと震えているのはヒカリだ。
何だかとっても怖いオーラを出しながら握りしめている。
「何ですかその男は。ティアが必死に探している間に妻を複数娶っているだ何て許せません。しかも女性として見ていない?十分に美しい女性ですよティアは!なのにその男は男は‼」
「それは確かに」
「では『勇者様ファンクラブ』として立ち上がるか?」
「そうだ!聖女様に続け!」
「ティアちゃんを泣かした男に鉄槌を‼」
「「「おおおおぉぉぉぉぉ!」」」
「皆お願いだから落ち着いて!」
第三勢力が出来たところでタイガが手を打ちながらストップをかける。
「皆さん。ティアへの愛は分かりましたから一度こちらに耳を傾けてください。重要な話があります」
その言葉のおかげでようやく騎士団が落ち着いた。
私は目配せでタイガに礼を言うとタイガは笑いながら手で話すように促す。
一度息を整え、先程の教皇様の言葉を伝える。
「皆、つい先ほど教皇様からお言葉がありました。その内容は今回の魔物討伐についてでしたが、今回我々は魔王討伐に変更されました」
その言葉で騎士団は大きくどよめく。
当たり前だ、最強の一角を我々で倒す事になったのだから。
「無論まだ早いと言いましたが教皇様の意見は変わらず、まだ決定ではありませんがおそらくそうなる事が大いに予想されます。今回の討伐には勇者パーティー全員で向かいます。相手はアンデットの魔王、数多くのアンデットが予想されますのでメイン武器は骨を砕くような打撃武器に変更してください」
「大森林への侵攻はどうなりますか?」
「おそらく一部の騎士だけが向かう事になります。その編成についても後日通達をします」
そこまで言うと騎士団は戦術などについても話し合いを開始する。
動きが早いのはとても助かる。
大森林の方はリュウが居るから何とかなるかも知れないがある意味魔王討伐よりも辛い戦いになるかも知れない、リュウは戦争で敵対した者を絶滅させると言っていたがせめてライトライトの騎士達だけは見逃してほしい。
「お嬢ちゃん、俺は早めに動く。出来るだけ被害を抑えたいからな」
「ゲンさん、リュウへの説得もお願いします」
「分かってる。流石にあいつも人間だし、無駄な殺生は面倒臭いとか言いそうだからな」
そう言って騎士団からそっと居なくなった。
ゲンさんなら良い情報を持ってきてくれそうだし暗躍するのも得意、こういう時に本当に助かる人だ。
その間に私はしっかりと準備をしないと。
「ティア、貴女はフォールクラウンで何かありましたか?」
「え、特にはありませんよ」
「そうですか。どこか大人っぽくなった気がしましたので」
そうだろうか?
あまりそういった変化は自分では気付き難いものなのでよく分からない。
「それじゃあ後で手合わせをお願いできますか?魔王と戦う前にできるだけ調整したいので」
「分かりました。では後で一試合しましょう」
快く受けてくれたので良かった。
剣技限定ならグランの方が上だが総合力となるとヒカリの方が強い。
なので実戦に近い魔術も剣技も使っていい場合はヒカリに相手をしてもらう方がいい。
ある程度騎士団の皆に伝え終わると私とヒカリは訓練場で向かい合う、お互いに使い慣れた武器を手に持ち構える。
ヒカリの武器はレイピア、細く突きに特化した武器はヒカリが持つ事によってその特性を最大限に発揮する。
「いつも通り寸止めでいいですか?」
「今回から寸止めなしで構いません」
「え、いいのですか?」
「そうしないと強くなれません」
「……分かりました。ケガはマリアさんに治していただきましょう」
ヒカリも構えて薄くオーラを纏う。
そして試合はすぐに始まった。
先手はヒカリ、素早き手の動きで次々と突きを出してくるのに対して私は剣で弾く。リュウはよく言っていた、剣筋が綺麗だと、しかしそのせいで動きが分かり易過ぎると。
私達騎士の剣にもパターンはある。むしろそのパターンを極めることで美しく無駄のない剣捌きを極めようとしているからだ。でも私のような未熟者の剣には隙だらけらしい。実際よくリュウに剣を引いている時に攻撃されることが多かった。
だからリュウは私に言った。
「はあ!」
「っ!」
私はリュウの教えを思い出しながらヒカリに切り掛かる。
『お前の攻撃は全部単発だ。一回斬ってそこですぐに剣を引き戻しちまう、戻さずそのまま斬り込め。と言ってもがむしゃらじゃ更に隙を生む、パターンに沿ったまま攻撃を繋げろ、そうすりゃ今みたいにはならねぇよ』
その教えのおかげでがむしゃらではない綺麗な連続攻撃が出来るようになっていた。
まぁそれが出来るまでだいぶ転ばされたりしたが。
「随分と綺麗な連続攻撃が出来るようになりましたね」
「そりゃリュウに何度も転ばされましたから!」
「?何故そこで幼馴染の名が出るのかは分かりませんがまだまだです!」
ヒカリは後ろに跳ぶと魔術を使ってきた。ヒカリの魔術属性は私と同じ聖属性、あまり効かないが隙を作るのは十分な技である。
しかし私はもっと下位の魔術で回避に成功、いやヒカリの魔術は初めから私を捉えてはいなかった。
「っ!当たってない!」
「今のは下位魔術の幻影です!」
「光の幻影!」
そう私はヒカリが離れた瞬間に幻影で自分の幻をヒカリに見せていた。動いたりはしないが一瞬の隙を生むだけなら十分な魔術、これもリュウから教わった。
『馬鹿正直に突っ込み過ぎ。少しは攻撃魔術だけじゃなくて他の魔術も使ってみろ』
そう言われて使ってみた下位の魔術だったが初見ならよく効く魔術だと気が付いた。
しかしこの戦法は近接にしか効かないのが欠点か。それに種が分かれば対応はいくらでも出来る。
「……何と言うか、勝ち方にこだわりがなくなりましたね」
「その言い方は止めて!ちょっとそう思ってる自分がいるんだから……」
ただリュウの修業で少し勇者らしさみたいなのが無くなっていったと思う。
リュウが私に教えたのは何としても生き残る事、みたいな感じで大分勝ち方が汚くなった気がする。
しかしヒカリは特に文句を言ったりはしなかった。
「むしろそうでないと魔王には勝てませんよ。あらゆる手を使い勝利する事が貴女の役目、間違ってはいないと思いますよ」
「ヒカリ……」
「ただそれは実戦だけの話です。普段の騎士同士の試合ではしてはいけませんよ」
「分かってます!」
「では決めましょうか」
ヒカリが必勝の構えをとる。この事についてもリュウに相談したら意外な答えが返ってきた。それを今回実践してみよう。
私も構え、少し睨み合うとヒカリが消えた。
いや、消えたのではなくただ高速で動いただけだ、消えてはいない。
ここでリュウに教わった気配で相手を捉えるやり方をしながら私はヒカリの足を引っ掛けた。
そうこれがリュウの言った秘策、『目に見えない程の動きなら足引っ掛けて転ばせろ。どうせ直ぐ止まれる訳がねぇんだから』だ。
そしてリュウが予想した通り、足を引っ掛けられたヒカリは壁に激突していた。
「…………」
「「「………」」」
「この勝負勇者の勝ち」
審判をしてもらっていた騎士がそう言った。
周りも何とも言えない雰囲気だけが辺りに漂う。
おそらく見えてなかった騎士達にはヒカリが自爆したように見えただろう。
しかし実際は私が足を引っ掛けたのだ。
ただ壁に激突するとまでは予想出来ていなかったが……
「……私の負けですか。こんな負けは初めてです」
「えっと、ごめんねヒカリ」
「まぁ私も勉強になりました。スピードを中心に力を付けてきましたが今のような目に遭うリスクがあるんですね」
ヒカリが鼻血を出しながら言う。
何とも言えない心地悪い空気に耐え切れず早く明日になれと願うのだった。




