ヘビーメタルでクラシックな通学路
「ねみぃ……」
朝、学校に向かう道はいつもよりずっと重かった。
昨夜は遅くまで練習をしていたので寝る時間は遅かったし、その練習に使っていたギターも背中に背負っている。
気を紛らわそうとヘッドホンをしてヘビーメタルを聞いているがそれでも気分は上がらず体は重かった。
早いところ教室に行って机に突っ伏して寝たい。
一時限目が始まるまでに少しでも睡眠時間を確保したかったがまずはギターを部室まで行って置いてこなければならない。
気だるさや眠たさが足を滞らせていたが堪えながら俺は部室棟へ向かっていた。
早く着きたいところだったが正門の横を通り過ぎて近道の裏道を歩いていると、いつもとは違う光景が待ち受けていた。
今時珍しいモヒカンを頭に乗っけたガタイがいい男が、気の弱そうな男を脅している。
うちの制服を着ているところからすると同じ学校であることがわかるが、そのモヒカン男はどうやら裏道のド真ん中を塞いで、弱そうな男から金を巻き上げようとしているらしかった。
「なんだおめえ」
俺に気付いたモヒカンが注意を逸らすと、その隙に気弱な男が逃げ出す。
俺は意図せずカツアゲに和って入ってしまうことになった。
「おめえの所為で金ヅルが逃げちまったじゃねえか。どう責任とってくれんだ?」
はあ……と俺はため息をついてヘッドホンを外す。ただでさえ眠くて体重いっていうのにどうして頭悪そうなバカに絡まれるのか。
相手にするのも面倒臭くて俺は眉をひそめなかがら言う。
「邪魔。通れない」
「あぁ? てめえ舐めてんのか?!」
朝早いってのに元気に叫ぶモヒカンにもう一度ため息を吐くと、面倒事を早く済ませたい俺は言う。
「いいから掛かってこいよ。面倒くせえんだよ」
「……良い度胸してんじゃねえか」
モヒカンかコロネか何かを乗っけた男は俺が自分より小柄な所為か舐めきっているようだった。
まだ余裕そうに俺を見下ろしている。
対する俺は冷静に……いや、面倒事に付き合わされる者の目で見上げていた。
モヒカンが俺の頬に向かって拳を放ってくる。左足を踏み込んで胴をしならせながら右腕をぶつけてくる。
それは俺は見切って避けるが、モヒカンは更にパンチを連発してくる。
何度躱しても諦めずにモヒカンはパンチを連続してきた。
しかしモヒカンのパンチを見切って避けるのは簡単だった。
重量があって勢いがあっても、どのパンチも大振りであるなら軌道を読むのは訳なかった。
パンチを躱していると背後に緑色のフェンスが迫ってきたのでモヒカンの背後に回る。
その瞬間に足を掛けてやるとモヒカンはバランスを崩して派手にフェンスへ突っ込んだ。
先程までイキがっていた奴の無様な姿を見て思わず笑みが溢れる。
少しは気が晴れたのだが、そのフェンスの先に見知った顔を見掛ける。俺の姉が友人と一緒に登校していくのが見えた。
俺に気付いてこちらに振り向いてくれたから助けてくれるかと思いきや、無視して何事もなかったように去っていく。
何を言っているか聞こえなかったが、心配してくれた友人に「大丈夫よ」と言っているのだけは見えた。
俺は姉に見て見ぬ振りをされて捨てられたんだ。
途端に怒りが込み上げてきて俺は背負っていたギターを下ろしてフェンスに立て掛けた。
本当ならネックを持ってボディをモヒカンに叩き付けてやりたいところだがそれだけは踏み止まる。
ギターをぶっ壊す代わりにこいつを壊すほどクレイジーになることにした。
モヒカンは先程の攻防で実力差を理解し始めたのか、立ち上がっていても表情から余裕さは消えていた。
むしろ今は気まずさを孕んでいる。
「てめえは避けてるだけか? 掛かってこねえのか?」
強がっているつもりなのか、学習しないモヒカンは懲りずに煽ってくる。
苛立ちが募る俺はモヒカンの期待通り殴り掛かりに飛び掛かった。
俺の右腕はモヒカンの頬目掛けて放たれる。
先程のモヒカンパンチのように、わざとらしいくらい大振りのストレートパンチが体に勢い良くぶつかった。
しかしそれはモヒカンの手の平だった。
俺が軌道を読んでパンチを避けたようにモヒカンも軌道を見切って手で受け止めたんだ。
俺のパンチを受け止めたモヒカンは得意そうに口の端を緩める。
再び余裕こいたウザったい表情を見せるが一瞬にして崩れる。
フェイクのパンチを止めていい気になっていたモヒカンは腹に膝蹴りを食らって崩れ落ちた。
俺に寄り掛かるモヒカンを地面へ投げ倒して俺はそいつの体に馬乗りになる。
両腕も足で押さえ込んで完全にマウントポジションを取った。
「わ、悪かった……俺が悪かった……」
腹のダメージが苦しいのか、モヒカンは呻くように言うが俺は容赦せずに一発パンチを入れる。
「悪かった、悪かった……! 許してくれ!」
口を切ったのか血を滲ませながらモヒカンは許しを乞う。
しかし俺は許すつもりはない。
「お願いだ! 頼むから許してくれ!」
ちょっとこいつうるせえな。
覚悟もないのに喧嘩を売っていたとは冗談にすらならない。
許すつもりなどない俺はヘッドホンで耳を塞ぎ、間抜けな声をシャットアウトして大音量で曲をリピートした。
テキトーに選曲したから、シーンに合うのか合わないのかわからないヨハンシュトラウス「春の声」が流れ始める。
ストリングスと金管のイントロが流れ、ワルツのテンポに合わせてトロンボーンやチューバが音を奏でる。
ソプラノの歌が入り、主旋律を耳に響かせ始めた。
プレイヤーに入れてはいるものの普段はヘビーメタルばかり聞いていたがクラシックもじっくり聞いてみると心地良い。
パンチを繰り出す拳にもワルツのテンポが移ってしまいそうだ。
思ったよりもクラシックは状況に合ってるかもしれない。
優雅で穏やかな曲調と暴力は合わないと思ったが一周回ってシュールさが合う。
新しい発見をしたなと呑気に考えながら、目の前のモヒカンよりも耳に響き渡るクラシックのことに興味を燃やしていた。