魔獣となりたいもの
アッシュに向けて、通常の人間、あるいは人型の人外、もしくは銅像であったとしても砕け散るであろうと思われるほど、丸太のような尻尾が輪郭がブレるほどの勢いで襲いかかる。
アッシュのとった行動は正解で、不正解でもあった。
尻尾の行く方向へ跳んで少しでもそのダメージを和らげようとする。作戦としては間違っていない、叩きつけられた方向が力をうまく逃がしようのない岩の壁でなかったなら。
そして私は、
至極冷静に、
「やっぱりヒロインだなアッシュは」
彼を助けて普段の私からすればとんでもない戯言をほざいていた。
俗に言うお姫様抱っこ。
「何しちゃってんの!?」
「いや、ピンチに遅れて参上したかったんだけど、よく見る主人公は結構ヒロインがボロボロになった後到着して『お前を傷つけた奴らを許さない』とか言うから」
ちなみに魔獣は射程圏内にいてなおかつ攻撃してきている最中なんだが、私には関係無い。こんな初級のラスボスに手間取るほど酷いステータスじゃない。
「あれを殺しても別段文句はないだろう?」
「…まあね。俺じゃ出来ないってのが分かっただけでも嬉しいよ」
「問題はそこには無い。君のその剣、ガタガタだ。もはや骨董の域を越えた鉄屑だ。砕けそうな剣で良くやってこれたな」
「一応、この国の王の餞別の品ではあるからとか思ってたんだけど…やっぱ兄さんたちはどこまで行っても兄さんたちだな」
さっき鞘に収めたばかりの愛刀が誰がつけたか全く理解出来ない松明の光を凶悪に跳ね返した。
「無知とは恐ろしいものだが、知っているという事はもっと恐ろしいんだ、アッシュ」
不思議そうな顔をしたアッシュに微笑みかけると、シュヴァルツラピエールと最も相性の良い黒魔法、『暗黒演舞』をかける。これは貫通力を重視したものではない。
シュヴァルツラピエールが白い理由。
黒魔法と併用した際に、その刀身は闇の深さに応じて黒くなっていくからだ。
今回は銀色程度にはなった。
「だが十分だ」
「うぅうぐるああああああ!!」
この剣戟は相手の傷から入り込み、神経器官を、血管を、内臓を果ては外側まで溶かしきってしまうものだからだ。
「じゃあそれまでお話ししよう。私の本当の出身地と、君の出自の話をだ」
「…異世界なんてものはそう簡単には信じられない」
「ああそうだな、私もここに来るまで全く信じていなかったから無理もない。単なる妄想とも受け取って欲しいが、少なくとも少し、ほんの少し前までは人間としては絶望的に幸運に見離された奴だった」
「ちょ、人間って一体…どういうことなんだ?」
「言ったろ、こちらにきたらアンデッドになっていたって。だから君の母親が人間だとしても、出自をどうこう言うつもりはないし、ましてそれをネタに脅そうなんて微塵も考えていない。ただーー」
ただ、この男には話すべきだと思った。
それがこれから利用して行く上で彼の心を掌握するには、必要なことだと考えたからだ。
「俺の出自を知ってて、3日間まともに接してたのか?」
「何だ?いけないことか?私のいた世界ではハーフなんて羨ましがられていたぐらいだけどな」
「…それはどうも腑に落ちない」
「私は私の勝手な正義で君に味方することにしたんだ、アッシュ」
「それは」
勝手すぎるだろう。
そう震える声で言ったあとの涙は、見なかったことにした。無粋に起き上がろうとした男の頭は念には念を入れてもう一度床に叩きつけた。
「………すまない、取り乱したりして」
「いや、構わないさ。君といると非常に楽しそうだ。よければパーティーを組まないか?」
「え……えええええ?」
ものすごく訝しげな顔をしているアッシュに向けて不服そうに口を尖らせると、ハッと気づいて否定を開始する。
「いやずっとソロでやると思ってたから、急にいきなりどうして俺なんかと」
「今までの会話の流れ的にすっかり説得した気になっていた私こそ本物の道化と言うわけか」
「違う!……そうじゃなくて、俺の方にはパーティーを組めない、事情が…」
「へぇ?勇者とでも合流するのか?」
アッシュが停止した。
三十二秒コンマ7秒後。
「図星っちゃってごめんなさい」
「いやまさかど真ん中ストレートでそう来るとは思わなかったんだけど」
「…勇者に加わると言うのは、魔王すなわち現国王を倒す事を目的として、種族ことごとく皆殺しにしてどうこうしようと言う話ではないんだよな?」
「うん」
「じゃあ私もそのパーティーに参加しよう」
たっぷり五分は沈黙が流れ、またあの馬鹿が唸り声をあげたのでその頭の上に踵を落とした。
「だから、参加する」
「一体なぜ?人間にとっては非情な存在でも純血を守るアンデッドや異業種には優しい王だぞ」
「君の味方になる、それとーー」
幼い頃、ずうっと思い描いていた夢。両親が死んでのち叶わないと知ってしまった夢を、今なら叶えられる。
「小さい頃からの夢だったんだ」
「…わかった。なら、なるべく早めに準備を済ませて彼らと合流しよう」
「ああ。面倒な事を言って済まない」
再度起きかけた奴の頭を踏みつけた。
赤秀ちゃんは夢見がちな乙女のように見えますが、スーパー現実主義者です。