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HONEY MAN  作者: 鮎川 了
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八、美花が桃の種を無くした事




「ここが厨房、今は未だ誰も出勤していないが、料理人……見習いや下働きを入れると三十人程此処で働いている」

 調理道具はどれも丁寧に手入れされ、炉までもが頬擦りしても煤も付かぬ程研き上げられているその厨房は、この張酒家の中枢とも云える場所で、そのような場所に私を通してくれるとは、美花との結婚を本気で考えてくれている証拠だと思った。

 早朝の、この静けさとは相反してもう暫くすると、厳しい料理人達が手元の者を怒鳴りつけながら包丁や鍋を振るい、戦場さながらになるのだろう。

「次は、食物倉庫だ。倉庫は三つ在って、魚や肉などのナマ物を置いてある所、野菜や穀物を置いてある所、乾物や発酵食品等の保存食を置いてある所、と、分けられているんだ。倉庫と云っても、その日届いた食材は殆どその日のうちに使いきってしまうのだが」

 それは納得した。毎日作物を運んで来ても、“今日は要らない”などと云われた事は一度も無い。逆に“今日はこれしか無いのか?”と文句を云われた事はあるが。

 毎日大量に届く食材をその日のうちに消化するとは。やはり此処は繁盛しているのだな。と、今更の様に思う。


 倉庫はどれもひんやりとして、氷室のようだった。これなら例えナマ物でも二三日は傷まないだろう。上手い造りになっている。と、感心していたら保存食の倉庫の隅の壁に扉のような物があるのを見付けた。

「旦那様、あれは?」

 倉庫は三つしかない。と、さっき云っていた。

 特別な食材を仕舞っておく場所だろうか?

「あ、ああ、あれは……只の物置だ。気にしなくて良い。そんな事より」

 張の旦那様の顔が険しくなった。もしかして私は訊いてはいけない事を訊いてしまったのだろうか? 

 と、身をすくめていると

「そろそろ、その“旦那様”と云うのは止めて“義父さん”と呼んで貰えないものかね? まあ、気が早いかも知れないが」

 一気に気が抜けた。叔父の言葉と悪夢が気になり、もしかしてこの張と云う人物は裏で悪どい事をやっているのでは? と云う危惧がその一言で消し飛んだ。

 彼は厳しい店主であり、愛娘の幸せを願ってやまない只の父親だ。


 一通り店の説明が終わると、「美花と少し話しなさい」と、家の居間に通された。

 上等な茶器と上等な菓子の並ぶ焼き物の卓の向こうには美花が座っていて、私を見るなりあの、牡丹の蕾がほころぶような笑顔を見せた。


「あの桃の種、なくなっちゃったの。折角あれを細工して髪飾りを作って貰おうとおもったのに」

 何を話せばいいのかと思っていたら、美花の方からそんな話しを切り出して来た。

 あんな不気味な、しかも桃の種で髪飾りとは。

 しかし、いつも綺麗な物に囲まれて、自身もこんなに綺麗なのだ。変わった珍しいものに興味が行くものなのかも知れない。

「ああいうのが好きなら、山で変わった木の実を取ってきてあげましょう。それで髪飾りを作ればいい」

「本当? 私、山に行った事がないからどんな木の実が有るのかわからないのよ。虞淵が取ってきてくれるなら嬉しいわ」

 さて、どんな木の実を取って来よう? と思いつつもあの父の顔を写し出した不気味な桃の種が無くなったと聞いて安心している自分が居た。



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