七、桃源郷の夢が血で染まった事
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叔父と魯が帰った後、何をするでもなく薪の燃える様を見ていた。
叔父は何を云いたかったのだろう?
罪滅ぼし? 何の?
その言葉だけがぐるぐると頭の中に繰り返し聞こえ、やがて意味を成さない音の塊になる。
気にするな。叔父は何か思い違いをしているだけだ。
それとも叔母と喧嘩でもして虫の居所が悪かっただけだ。
――罪滅ぼしのつもりか?――
明日はいつもより早く起きなければならないのに、これでは眠れない。
そう思いながらも薪が熾火になってのを確認して寝台に横になると、直ぐに瞼が重くなった。
何処だろう? 桃がたわわに実っている見渡す限りの桃畑。
美花が白く細い手で桃をもぎ取ると私に差し出して云う。
「あなた、今年の桃も良い出来よ」
そうだ、美花と私は夫婦になってもう何年も経ったのだ。
美花の好きな桃を沢山植えて、夏になるとこうして二人仲良く桃狩りをするのだ。
「さあ、早く食べましょう」
桃畑の中央にある螺鈿細工の卓と椅子は張の旦那様……私の義父が用意してくれたのだろう。こんなに高価なものを外に置いておくなんて、やはり金持ちは違う。
「皮を剥いてあげたわ。どうぞ」
艶やかな果汁を身に纏った桃源郷の柔らかな果実は夏の日射しを浴びてほんのり暖かく、芳しい香りを放つ。
一口齧ると果汁が溢れ、螺鈿の卓に飛び散った。
「あらあら、あなた、そんなに溢して」
かいがいしく私の口のまわりを布巾で拭く美花。幸せだ。ほら、こんなに幸せだ。
――しかし。
私の口を拭った布巾は真っ赤に染まっている。
見ると、桃は果汁の代わりに血を滴らせている。
その真っ赤に染まった種は父の顔になり、ぎろりと私を見るなりこう云った。
「私は……に殺された……!」
絶叫に近いその声で驚き、夢から醒めた。
醒めたというのにその絶叫の余韻がいつまでも聞こえ続けるようで、夜が明けるまで蒲団を頭まで被り震えているしかない。不気味さと恐ろしさと、そして寒さで。