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HONEY MAN  作者: 鮎川 了
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四、美花が虞淵に桃の種を見せた事



 張酒家の通用口から、重そうな壺が幾つか運び出され、体格の良い男達が荷車に乗せている。

 年に何度か見る光景だ。この店は皮蛋ピータンが絶品だと云うから、何処かの金持ちが大量に買い取ってるのだろう。私はあれは苦手だが、好きな人は好きだと云うし。

 納品を済ませ、休みながらそんな事を考えていた。

 あれから美花は良くなったのだろうか?

 叔父の話が余りにも不吉で、あの桃を口にしたばかりに美花が死んでしまったら……と、気が気でない。

 しかし、張の旦那は忙しそうに店の者に指示を出しているし、いつもと店の様子は変わらない。

「虞淵ってあなた?」

 急に後ろから女の声がする。店の給仕の姐姐ジェジェかと思ったらそうではなく天女だ。いや、美花だ。

 心臓が喧しい程高鳴り、息が上手く出来ない。憧れの美花に直々に話し掛けられるなんて。それだけではなく名前を呼んで貰えるなんて。

 嬉しさで死んでしまいそうだ。

「は、はい……わ私が虞淵です」

 声が上ずって滑稽な喋り方になってしまう。違うんだ美花、いつもの私はもっと上手く喋れるんだ。本当なんだ。

「桃を持って来てくれたのはあなたなんでしょう?」

「そそそそうです」

 ああ、こんなにどもってしまって恥ずかしい。彼女は私の事をおかしな奴だと思ったりしないだろうか?

「ありがとう。あの桃のお陰ですっかり元気になったわ、ったら、誰が届けてくれたのか云うのを忘れていたのよ」

 美花は、それはもう、ふんわりと、まるで牡丹の蕾がほどける様に笑う。その顔は頬がほんのり桃色に染まっていて、もし許されるなら今すぐに齧りつきたいと思った。きっと極上の桃のように柔らかく芳醇で蜜のように甘いのだろう。

 因みに魯と云うのはあの使用人の名前だが、そんな事はどうでもいい。

「季節外れの桃なんで……味はどうなのか心配してたんですが」

 今度は上手く喋れた、しかし酒を飲み過ぎた後のような、熱が出ている時のような、そんな風に浮かれて自分が話している実感が無い。もしかしてこれは夢なのかもしれない。

「あ、そうそう、これ見て、面白いのよ」

 美花がそう云って、刺繍のしてある絹の手巾を広げて見せる。それには何かころりとした楕円形の物が包まれている。

「あの桃の種。ね? 面白いでしょう? 珍しいわよね」

 美花は云いながら種を私の手のひらに乗せる。軽く彼女の指先が触れ、そのえもいわれぬ感触で昇天しそうになったが、種を見て、昇天しかけた私の気持ちは真っ逆さまに墜落した。


 その種の皺はどういう偶然が働いたのか、人の顔のようになっていた。それだけなら私も美花の様に無邪気に珍しがって終わりだったと思う。

 しかしその顔は見覚えがあった。否、見覚えがあるどころか数年前まで毎日見ていた顔だ。

「父さん……」


 こんなにやつれては居なかったが、確かにそれは父の顔だ。

 


 


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