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HONEY MAN  作者: 鮎川 了
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三十一、李、美花が産んだ絶望で復活する



 ややあって産婆は深い溜め息を吐き、義父は顔を覆って膝をつき、姐姐は驚愕の表情を露にしたが、私は何が起こっているのか解らなかった。

 痛い位に握りしめられた美花の手がやっと力を抜いたので、産婆達の視線の先、つまり産まれ出でた我子の元へ行くと、産婆は両の手に説明しがたいものを抱えている。

 いや、これは前に一瞬だけ見た事がある。

 あまりに短い時間だったので夢か見間違いだと思ったが、確かにあれに似ている。

「虞淵、私達の赤ちゃんは?」

 美花が乱れた息で訊いても私は言葉が見付からない。

 それは、まるで飴細工のような琥珀色の赤ん坊で、じたばたと動いてはいたが泣いてはいない。

 しかし、“それ”が泣こうとしているのか、口を開けた途端、蜜のようにドロリと溶け、後産を受ける為に置いてあった桶の中に落ちた。

 ……蜜人だ。

 美花は腹の中で蜜人を育てていたのだ。

 だから蜜しか口にしなかったのだ。

 でも何故?

 美花は不安そうな顔で私を見詰め

「やっぱり、赤ちゃんは鬼に盗られてしまったのね」と一筋の涙を流した。

「旦那様! 若旦那様!」産婆が桶を指差すので見ると、美花から産まれた蜜の塊が生き物の様にするすると桶から這い出て何処かへ逃げて行く。

 その光景をなすすべもなく凝視していると、亡き父が高らかに嗤う声が聞こえたような気がした。

― 虞淵、欠けたものを繋いでくれてありがとう ―

 全ての事が組み木細工を合わせるようにぴたりと嵌まった。

 嗚呼、私はなんと云う事をしてしまったのか。

 何故、亡き父の首と胴体が別に埋められていたのか、その訳を今更ながら思い知った。そうだ、昔母さんが教えてくれたじゃないか。

 “怨みを持って死んだ人は首と胴体を別々に埋葬する”そうすれば鬼になる事は無い。なったとしても怨みを晴らせる程の力は無い

 逆に云えば、首と胴体を繋げてしまえば“力”を与えてしまう。禍いをなし、憎む相手をとり殺す程の。

 それに気付いた時、私は産室を飛び出し、産婆をおぶった疲れや体の痛みなどいとわずに、街をひたすら走った。走りに走り、生家の敷地の墓に行くと、父の墓の土にあの蜜の塊が吸い込まれて行くのが見えた。

 こんな形で願いを成就させるとは。しかも私の大事な美花まで利用して!

 父の墓の土が盛り上り、中から何かが這い出ようとしている。

 首と胴体が繋がり、更に生まれたての蜜人で“力”を得たというのか?

 骨だけになった亡骸が動き出すと云うのか?

 土にまみれ、姿を現したそれは紛れも無く父だ。朽ちた骨は蜜に包まれ生前の父の風貌を再現していたが体は琥珀色に透き通っている。髪の毛の一本一本まで、蜜がその形を造り上げている。それは物置で見た幻のような鬼とは比べようも無いほど恐ろしい姿をしていた。

「父さん! 何故だ? 何故こんな事をする?一体貴方は何が望みなんだ? 誰を恨んでいるんだ?」

 禍々しい泥まみれの蜜の顔は口を開き、こう云った。

「望み? 望みなど無い。恨み? ああ、全てを、世の中の全てを恨んでいるさ」

 そう云って蜜を滴らせながら何処かへと消えた。




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