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HONEY MAN  作者: 鮎川 了
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三、虞淵が叔父の昔ばなしで悪酔いする




「何処に行ってた虞淵? 折角魚を持って来てやったというに」

 家に着き、凍えた身体を温めようと思ったら、もう既に中は暖かく、客人が来ていた。漁師をやっている母方の叔父だ。もう結構な歳なのにまだ現役で漁に出ていてたまにこうして捕れた魚を持って来てくれる。まあ、一人暮しの私が心配で様子を見に来るというよりは単に酒を飲む相手が欲しくなっただけだろうが。その証拠に火鉢ではすでに干し魚が香ばしい匂いをさせていた。

「お前がこんな時間まで出歩くとは珍しいな、まさか賭け事や悪い女に嵌ったのではないだろうな?」

「いや、張さんのところへ行ってた。桃を届に行ってたんだ」

 私がそう云うと、叔父は茶碗に酒を注ごうとした手をとめた。

「なあ虞淵、馬鹿云っちゃいけない。幾ら俺が無学な漁師だからって、こんな季節に桃なんて成らない事は知ってるぞ。まあお前ももう大人だ、付き合い程度の賭け事ぐらいは目をつぶろう。だが、嘘はいけねえ」

「本当だよ、あの、父さんと母さんが植えてくれた桃の木、あれに成ったんだ。張さんのお嬢さんが病気で、だから持って行ったんだ」

 叔父は件の桃の木が在る方向を見るが、家の中だし、窓は閉まっているし、それにもう暗いし、見える訳がない。

 仕方なく私は叔父に桃の木の事や美花に想いを寄せている事を話すしか無かった。


 一から丁寧に説明すれば、解ってくれると思ってたのだが……そりゃ、美花の事は身分違いなのだから諦めるように諭される覚悟はあった。しかし、叔父にとっては身分違いの恋などどうでも良く、季節外れの桃をやたらと気にしてる。そして険しい顔でこんな話をし出した。

「昔、俺が子供の時だが……真冬に牡丹が咲いてな、大きくて真っ赤なそりゃ見事な牡丹だったよ。しかし、その年の夏、大干ばつが起こってな。大勢人が死んだんだ。生き残った大人達は、あの牡丹はこの凶事を知らせる為に咲いたんだ。その証拠に見ろ、今年は時期になっても牡丹は一輪も咲かない……と、噂しあっていたんだ」

 その話は父が生前話しているのを聞いた事がある。何度も聞いた話だ。全く、年寄りと云うのは酔うとすぐ昔の話ばかりする。酔わなくてもするが。

「お前の父親が居なくなった時も……」

 こちらは馬耳東風で聞き流していたのだが、急に叔父がその先を云い淀んだので、その言葉がおかしい事に気付いた。

「居なくなった? 親父は行方不明になった事でもあったっけ?」

「いや……“死んだ”時だ。云い間違えたんだ。いちいち細かい事を気にするな」叔父は苛立ったように酒をあおる。

「お前の父親が死んだ年、真冬に桃の花が咲いた。そう、お前の為に植えたあの桃の木にだ」

 

 美花に桃をやった事が今更不安になって来たが、変な説教をされたせいで悪酔いして最悪の気分だった。




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