二十八、虞淵が桃の木を掘り返した事
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「若旦那様、何をなさっているんです? お召し物が汚れます」
生家に戻るや否や枯れた桃の木の根元を鍬で一心不乱に掘り返していた私を見て、雇いの農夫が驚いていた。
思えば、この桃の木が私を父の死の真相を探るようにいざなったのだ。
桃の実を持って行かなければ私はまだ貧乏百姓のままだったろう。
そして、あの顔。
桃の種に現れた父の顔。
答えは揃えてあったのに私は何故今迄気付かなかったのか。
「いいんだ、着物など幾らでもある。それよりお前は自分の仕事をしていなさい。私を気にせずに。いいか? これは命令だ」
「へい、若旦那様の仰る通りに」
すごすごと去っていく年老いた背中を見届けて、私は再び固く乾いた土を掘り始める。懐かしい感触だ。鍬が石に当たる音、根を切った手応え、そして土の匂い。
儒子の長い袖が些か邪魔だ。やはり私にはこんな上等な服は似合わない。
そんな事を考えながらやっと掘り下げた根元を引き抜いた。
根が絡んだ土の塊の中に、まるで馬鈴薯のように“それ”は引き抜かれた。
「父さん、久しぶり」
それは脆くなりあちこちが割れていたが確かに人の骨だ。まるで骨と骨を縫い合わせるかのように根が絡まり一寸見ただけではどれが骨でどれが根なのか解らなかった程だ。
しかし、胴体だけで頭の骨はどんなに探しても見付からない。
蜜が染み込んで蟻に喰われてしまったと云うのなら、胴体だけ残っているのは変だ。
暫く考えた後、畑の更に北の雑木林の中に向かった。
其処は先祖代々の墓で、墓と云っても土饅頭の上に木や河原の石で墓標を立てただけの粗末なものだ。
叔父は“お前の父親の墓には何も入って居ない”と云った。
果たしてそれは本当なのだろうか?
墓を掘るなんて……母が見たら卒倒するに違いない。“なんてバチ当たりな子だ”と私を何べんも打つに違いない。
しかし、その母もこの墓地の住人となっているし、この先私は何を見ても驚かない自信が在った。
父の名前が書いてある、白蟻にやられた朽ちた墓標を引き抜き、土の塚を掘ると、何やら固いものが鍬に当たった。
それは、油紙に包んである壺だった。
丁寧に油紙を剥がすと、蓋のしっかり締められた素焼きの壺が現れ、その蓋の部分に何やら書かれた紙が貼ってある。
給虞淵
感到為難時請賣這個。
― 虞淵へ、困った時はこれを売りなさい ―
その短い文章で、中に何が入って居るのか見なくても解る。
これは母の字だ。
入っているのは父の頭の蜜人なのだろう。
それを悟った時、何故か涙が視界を覆った。
寺での騒動の後、きっと母は叔父と共に父の遺体を持ち帰ったのだ。
もしかして、蜜に漬け込めば蜜人になるかもしれないと、頭が浸かるだけの蜂蜜を集め、いつか私が困った時の為に此処に隠しておいたのだ。さすがに胴体を漬け込むだけの蜂蜜を用意するのは無理なので、頭だけを。
道鑑が首と胴体が離れた死体など蜜人に出来ないと云っていたにも関わらず。
父の願いを叶えてやったのだ。母は。
それだけではなくそれを、私に遺してくれたのだ。
でも。
壺の蓋を開けると腐敗臭が私を襲った。
蜜とも泥ともつかぬ物がやっとの思いで原形を留めていた父の頭部を覆っている。
「駄目だったんだ……」
蜜人に成る準備がまだ、足りなかったのだ。
もうこれで父の願いは叶わぬ事となった。
そして母の気遣いも無駄に終わった。
腐臭を放つ父の頭がこぽりと音を立てて崩れ、それは溜め息をついているように聴こえる。
私は父の墓を掘り直し、胴体の骨を横たえ、壺を逆さにして泥と化した頭部を出し、耐えがたい悪臭が漂い、吐きそうになるのを堪えながら埋葬した。
さあ、これで父の野望は消えた。
無惨な姿になったが、父はやっと人間らしく眠ることが出来る。
しかし私は知らなかったのだ。
胴体と頭部が別々に埋められていたその訳を。




