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HONEY MAN  作者: 鮎川 了
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二十四、張が李を説得する

 ※張の語り 一

 

 李は決意を固めると、道鑑に自分が蜜人になることによって寺にもたらす利益の、何分の一かを支払うように懇願した。

 しかし道鑑は百年後の、つまり自分がこの世から消えた後の利益など全く興味が無い。李の決心が何処まで続くかもあやしい。

 道鑑は取り合えず、李にほんの少しの金を支払い、そして李は寺に籠って蜜人となるための準備を始めた。

 そう、蜜ばかりを口にし、死期を待つ。その苦行が始まったのだ。いくら蜂蜜の滋養が高いとは云えそれだけでは長くは生きられない。

 一週間も経った頃、李に会いに行くとげっそりと頬が削げ落ち、目の回りの肉がすっかり無くなり丸く落ち窪んだ眼窩から妙に鋭い眼光を発していた。

「李、やっぱり無理だろう? なあ、良いことを考えたんだ。私の店を手伝わないか? 給金はそんなに多くやれないが、道鑑様から貰った金もそれから少しづつ返して行けばいいじゃないか」

 私は李がすっかり音を上げているものと思い、そう持ち掛けてみた。しかし

「無理? 何を云って居るんだ張。今やっと蜜が体中に染み渡り、何とも云えない気分を味わっていると云うのに。私はなあ、良い薬になるよ。楽しみにしてるがいい。まあその頃にはお前も、私の子供すらこの世には居ないだろうが」

 私は背筋を何かざわざわした物で撫でられたような感覚を覚えた。

 李が狂ってしまったと思ったのだ。

「李、君の奥さんも、お子さんも心配しているよ」

「妻も子も私が立派な蜜人になれば誇らしいだろう。寂しいだろうが辛抱しろと伝えてくれ」

 私は李が蜜人に固執する理由が何となく解りかけてきた。

 しかし、死後、崇め奉られる事に何の意味があるのだ?

 その光景を見る事は出来ないのに。

 自分の亡骸は骨さえも残らず、琥珀の液体に溶け込んでいると云うのに。

 そんな私を見て彼は、静かにこう云ったのだよ。虞淵。確かにこう云った。

「こうでもしないと只の農夫である俺が名を残すなんて出来ないんだよ」

 確かに李は利発で健康な子供であった。

 弱き者を助け強い者に立ち向かう少年であった。

 誠実で勤勉な青年であった。

 一家を守る立派な父親であった。

 だが。

 それだけでは世に名を残す事は出来ない。

「それは私だって同じだよ李。名を残す事なんて興味が無いと云えば嘘になるが、そんなの誰だって出来る事じゃない。そんなものの為に家族に寂しい思いをさせるなら、意地でも連れて帰るぞ」

「“そんなもの”だと?」

 痩せ衰え、只でさえ大きく鋭く見える眼が睨んでいる。それは憎悪に満ちていて私は何か取り返しのつかない事を口走ってしまったのだと悟った。

 しかし、このままでは李の家族は大黒柱を失い路頭に迷うだろう。

 私は李の家に赴いた。家族に説得して貰おうと思ったのだ。そうすれば彼の考えもきっと変わる。そう信じて。


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