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HONEY MAN  作者: 鮎川 了
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二十三、虞淵の実父が蜜人になる事を決心した事




 藍で描かれた山々の美しい絵のその陶器の蓋が隠していたものは黄金の液体。

 それは静まり返って波紋すら立てず、磨きあげられた琥珀の底板でも敷いてあるのかと思った程だ。

 しかし、実父の姿は何処にもない。僅か数年の間にこの琥珀の蜜の中に同化してしまったと云うのだろうか?

 確かに魯は義父が“短期間で薬を熟成する法を編み出した”と云った。しかしそれは赤ん坊の亡骸を使うから出来る技であって大の男の死体がこんなにあっけなく溶けて無くなるものだろうか?

 そう思いながら柩の中を眺めていると義父は

「李は此処にはいない」と云う。

 では、何故この重い柩の蓋を開けさせたのだ?

 そう思うのと厭な展開を思い浮かべるのはほぼ同時だった。

 まさか……義父は私をこの中に……

「では一体何処へ?」

 そう問うのがやっとだ。

「李は、蜜人(ミーレン)になり損なったのだ」

 義父は静かに話し始めた。今まで誰かに聞いて欲しくて堪らなかった。しかし、誰にも云ってはいけない。そんな思いを吐き出すように。

 

「私は貧しい暮らしが厭で、料理人として修行をし、店を持てるようにまになった。李に再会したのはその頃だ。

広大な農地を持ち、農業で成功をおさめているものと思っていたが、彼の羽振りはすこぶる悪かったし、体も着物も貧相だった。これがあのガキ大将か? と目を疑った程だ。

李は私を見るなり“金を貸してくれ”と云う“お前の成功を聞き付けた。だから金を借りにきたのだ”と」

 私が産まれた頃には既に貧しかった我が家だが、人に金を無心していたなんて。

 母が聞いたら激怒するに違いない。母は“人様からお金を借りるぐらいなら死んだ方がマシ”と考えていたから。それは父も同じだと思っていたのに。

「訊けば、作物が病気でやられもうずっと何も出荷出来ずにいると云う。私は店を始めたばかりで纏まった金は持っていなかったが、子供の頃の大親友が困っている様子を見ているのが辛くてその日の儲けを彼に渡した。

しかし、彼はそれから何度も店に現れては金を無心する。いくら親友とは云え私も仕舞いには堪忍袋の緒が切れた。

私も店を持ったとは云え、まだこの先どうなるか解らない。正直云って自分の家族を食わすのだって一苦労だったのだ。苦肉の策で道鑑に合わせてしまった。それが悲劇の始まりだった」


 ……やはり、あの道鑑が……


「私はその頃から道鑑が人の道に外れる事をして莫大な利益を得ている事を知っていた。だから、彼が李に金を貸すなり、裏の仕事を手伝わせて給金を払うなり、そういった援助をしてもらえないか?と期待してたのだが……」義父の顔が更に険しくなった。

「どちらも断られたんですか?」

「いや、仕事はさせて貰えた。しかし……その仕事が……赤ん坊を拐って来る事だったのだ」

「蜜人を作る為に?」

 私がそう訊くと、義父は“やはり知っていたのか”と云う顔を一瞬した。

「蜜人は普通、自ら志願した数十年蜜だけを口にして死んだ年寄りを百年蜂蜜に漬けて作るものだ。寺は蜜人が出来るまで管理をし、そして出来上がったものは困っている人に無料で分け与える。それが習わしだった筈だ。しかし、それを道鑑は“商い”にした。蜜人は万能の妙薬、いくら金を出しても欲しいやつは山程居る」

 あの泥鰌髭の薬屋もそんな事を云っていた。しかし、父が赤ん坊を拐うなんて……

「……虞淵、安心したまえ、君の父さんはね、最後まで人の道を外す事は無かったよ。しかし」

 義父は……張は、がっくりと膝をつき、その姿はまるで私に許しを乞うているように見える。

「李は、罪の無い赤ん坊を拐うぐらいなら自分が蜜人になる。と云い出したのだ」

 蝋燭の灯りの焔に少しばかり暖められたのか蜂蜜の甘い香りがまとわりつく中、私は義父の話に聞き入った。


 





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