二十一、身重の美花が行方知れずになる
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義父と道鑑が何をやっているのか、朧気ながら判って来たが、判らないのは父の事だ。
叔父が云っていた言葉も気になるし、あの、物置で見た父の鬼は何を恨んで出てきたのか。
―― 義父と道鑑がやっている事を告発しようとして殺された ――
そう考える方が自然なのかもしれないが、道鑑はともかく義父が父を殺したなど考えたくもない。
義父は私に善くしてくれるし、何と云っても美花の父親だ。
叔父の言葉―― 罪滅ぼしのつもりか? ――それは
遺された親友の子供を可哀想に思って張家に招き入れたとでも?
そもそも、そんな憐憫の情があるのなら、人殺しなどしないだろうし、赤ん坊を薬にして売るなどと恐ろしい事は考えない筈だ。
薬屋を出て、無意識のうちに張酒家とは反対方向に歩いて、気が付くと私は自分の生家にたどり着いていた。
雇いの農夫が豆殻を片付けているのが見える。やがてこちらに気が付くと、彼は深々と頭を下げ、挨拶し
「若旦那様一寸こちらへ」と、私を畑の北側へと誘う。其処にはあの枯れた桃の木が在る筈だ。やはり、邪魔なので伐ってしまいたいと云うのだろうか?
「あれ……あれをご覧になってくださいまし」
農夫の指さす方向を見ると、やはりあの枯れた桃の木がある。あちこちの枝が折れ、水分など全く残っていないその朽ちた一枝に、全くそぐわないものがぶら下がっている。
「あれは……」
色を失った朽ち木の、細い枝が重みでしなっている。
そう、それは見事な程に瑞々しい桃の実だ。
「若旦那様。あれは桃の実でございますよね? なぜあんな枯れ木に、しかもこんな時期に成るのでございましょう? なんだか不思議で仕方ありません」
この農夫も“凶事の前触れ”だとか、そんな面倒臭い事を言い出すのかと思ったが、ただただ不思議がっているだけだ。
私の丁度胸のあたりに成っているその実をもぐと、途端に枝は枯れた音をさせ、折れた。
「この実は私が貰って行く」
朽ち木に成ったとは云えこの香気、まさか毒と云うことは無いだろう。何にせよ怪しげな薬よりはずっと良い筈だと思い美花に持って行ってやることにした。
しかし、店に帰ると美花の姿が無い。
店の者に訊いても身のまわりの世話をしている姐姐に訊いても知らないと云う。
出掛けたのか? と思ったが、そもそも美花は外出をあまりしないし、その際は姐姐が付き添う。
その姐姐は取り残され美花だけが居なくなった。
手の空いている店の者に外を探させ、私と義父は家と店の中をくまなく探した。
「美花! 何処にいるんだい? ほら、お土産があるよ、美花!」
もう一生美花に会えないのではないか? と、そんな考えが頭を過り涙声を張り上げ彼女を呼んだ。
義父も必死の形相で「取り合えず井戸や釜の中など危ない所には居なかっ
た」と私に云う。
ならば何処へ?
ふと、私はある事を思い出した。
彼処だ。
美花は彼処だ。
その確信が何処から出てきたのか判らなかったが、涙を拭きながらその場所へ急いだ。




