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HONEY MAN  作者: 鮎川 了
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二、想い人が病に臥せった事



 張酒家に作物を届けに行くと、商店の使用人が血相を変えて他の商品を納めに来た者に何やら聞きまわっている。

 何か失敗をやらかして、それを補填するために他の者の手を借りようとしているのか。さて、どんな話をしているのか聞いてやろう。と、荷下ろしをしながら聞き耳を立ててみると

「美花お嬢さんが熱を出してもう何日も何も口にして居ない。しかし好きなものなら少しは口に入れてくれるだろう。とこうして聞きまわっている次第だ」と云っている。

 美花が病気と聞いて私も心穏やかでは居られなくなり、いつしか手を止めて使用人の側へ行って話を聞いていた。

「お嬢さんの好きなものって、一体何なんだい? 張の旦那様にはいつも世話になってるんだ。出来る限りの事はさせて貰うよ」そう云った気っぷの良いにいさんも、使用人の次の言葉を聞いて自分の言葉を取り消せないものかと、悩んでいるのがありありとわかる。

「お嬢さんは桃がお好きなんだ。誰か、桃を売ってくれないか?」

 可哀相に、使用人の言葉に誰も耳を貸さなくなった。この時期に桃なんて、何処にも無いに決まっている。だが。

 私は荷下ろしもそこそこに、家へ駆け戻ると、あの桃の木の一枝の紙の袋を取り外した。 

 正直、この気候だ、小さかったり固かったり、およそ桃とは程遠いみすぼらしい実が成っているものと覚悟していたが、其処には在ったのは瑞々しく大きな見事な桃だったのだ。

 私は両親に感謝した。この木が季節はずれの実をつけたのも両親の計らいに感じられた。

 悪い事の前兆どころかこんな幸運をもたらしてくれるとは。


「ありがとう、虞淵グエン、これで私のクビも繋がったよ」 使用人は私から桃を受け取るとそう云った。気の毒に、おおかた“桃を持って来ないとお前はクビだ”とでも云われたのだろう。しかし美花の父親は其処まで横暴な人物では無い。

 一人娘の病に取り乱し、思わずそんな事を云ってしまったのだろう。彼は私に、桃ひとつの代金としては多すぎる額を寄越し、小躍りしながら店の中へ入って行った。

 旦那が私に礼を云いに出て来るかもしれない。そう思い、もうすっかり陽も落ちて寒くなった中で暫く待っていたが、誰も出ては来ない。あの使用人め、すっかり自分の手柄にしてしまったらしい。腹が立ったと云うより悲しくなったが、別に桃の礼に美花を嫁にくれる訳でもなし、彼女がそれで元気になるなら、またあの笑顔を見られるのなら……と、木枯らしの中震えながら帰路についた。


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