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HONEY MAN  作者: 鮎川 了
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十八、虞淵が包みを押し付けられる



 あの大哥は荷に縄を掛ける係りだったらしく、壺が割れた責任を取らされたらしい。

 つまりはクビと云う事だ。

 普段何の仕事ををやっているのか知らないが、一回荷を運ぶだけで店の使用人達のひと月分の給金を貰えたというから、彼の収入が一部途絶える事になる。

 しかし、割った品物の代金を弁償するよりは、そっちの方がずっと良いのかもしれないが。

 と、彼の今後を案じてみるが、それよりも彼の掬い上げたあの塊は何だったのだろう?

 例えて云うなら琥珀色の硝子で出来た赤ん坊の人形。しかし、それも形を取っていたのは本の一瞬で、大哥の大きな掌の上で崩れて溶けた。

 “高麗人参”と云う物だろうか? あれは人の形をしていると、誰かから聞いたことがある。貧乏な私はついぞ見ることが出来なかったが。

 

「魯さん、一寸訊きたい事があるんですが……」

「はい、何でございましょう? 若旦那様」

 使用人の中で一番古株の彼なら何か知ってるかもしれない。しかし、あまり深く探りを入れてはいけない。その兼ね合いを見計らいながら慎重に、それでいて自然に聞き出さないと。

「道鑑さんに納めている品物って何なんですか?」

「ああ、それならお薬ですよ」

「薬?」

 やはりあれは美花がいつも舐めている薬と同じものなのだろう。

「ウチは料理屋なのに、薬も作るのかい?」

「ええ、張酒家程の大店ともなると、材料を集めるのも簡単ですから」

「材料? それはとても高価なものなんだろうね」

「ええ、上等の蜂蜜を大量に使用しますから。本来は百年掛けて熟成させる物なのですが、旦那様が研究を重ねて数年で熟成出来る製法をあみだしたのです」

 魯はまるでその製法を自分が考えたかのように得意気な顔をする。

 しかし、義父がそんな凄い事をやってのけたとは。今の地位や財産も当たり前の報酬なのだろう。

「っと、これは他言しないで下さいよ。本来は寺で作る薬なので、知られると道鑑大僧正もウチの店も大変困る事になりますから」

 なんだ。裏で何かやってると云っても、そんな事か。

 本来寺で作る筈の薬をこの店で作り、それを寺に売る。それだけの事だ。

 

 大哥が壺を割った日から半月程経ったあたりだろうか? 諸用で街に出掛けると通りの向こうから例の大哥が歩いて来るのが見えた。

 大きな身体を縮めて歩く様は滑稽を通り越して気の毒なものだったし、何かの包みを大事そうに抱えている彼は憔悴しきった顔の目だけを腫らしていた。

「貴方は……あの時の人ですよね?」

 あまりに変わり果てたその風貌が気になり、思わず声を掛けてしまった。

「若旦那様……丁度お店に伺う所でした。これを大旦那様に……」

 泣いていた。彼は泣いていた。

 何も怖いものは無さそうな逞しい身体と力を持っている筈の大男が泣きながら、半ば強引に包みを私に押し付ける。

「旦那様に云われた通り……あの日から蜜だけを飲ませておりました。これでお許しください……」

 意味が解らない。

 結局義父はあの壺の中身を何か別なもので弁償させようとしてるのか?

 それにしても……

「待ってください。中身は何なのです? 私は義父からあの件の事は何も訊かされてないので、頼まれても困りますよ」

 慌ててそう云ったが、件の大哥は涙を拭きながら走り去ってしまった。

 

 妙な重さと柔かさのその包みの、小綺麗な布を少しだけ捲って見た私は街の往来で暫く立ち尽くしていた。

 ……見なければ良かった。

 何故あの大哥と今日、此処で出くわしてしまったのだろう?

 そして、この包みをどんな顔で義父に渡せば良いのだろう?

 




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