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HONEY MAN  作者: 鮎川 了
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十七、大哥が荷の壺を割る



 日に日に膨らんで来る美花の腹部は彼女の美しさを損ねるどころか見事な白磁の壺のようなたえなる曲線を描いている。

「あんまり見ないで、虞淵、恥ずかしいわ」

 着物の袖で顔を隠し美花はそう云う。

「恥ずかしい事なんてないさ、美花はお腹の形まで綺麗だ、きっと綺麗な女の子が産まれて来るんだな」

「あら私、男の子が欲しいわ、あなたのように元気が良くて頭の良い男の子が」

 やっと食欲が戻って来た彼女だったが、妊娠前とは嗜好が変わったらしく始終蜂蜜のようなものを舐めている。

「それ、何だい?」

「お薬なのよ、蜂蜜にお薬を漬け込んだものなの。滋養があるからと云って父様がくれたのよ」

 薬と云うものは苦かったり臭かったり不味かったりするものと相場が決まっているが、成る程琥珀色のそれは極上の蜂蜜か水飴のように甘い香りがしている。

 それにそれを舐め始めてから悪阻が軽くなった様だし、義父が美花の為に大金を払って何処かから取り寄せたものなのだろう。

「私にも少し舐めさせておくれよ」

「駄目よ、虞淵は何処も悪くないじゃないの、お腹に赤ちゃんも居ないし」

 そんなやりとりをして戯れ合っていると背後で咳払いがし、振り返ると義父がばつの悪そうな顔で立っていた。

「用事で出掛けて来る。店の事は頼んだぞ、虞淵」

 今日は大きな宴会等も入って居ないので、私だけでもどうにかなる筈だ。と、云うより私などより店の者達が上手くやってくれる。それに関しては心配は無かったが、店の営業中に義父が外出とは珍しい。

「どちらへ?」

「道鑑大僧正の寺へ、頼まれた物を届けに行くついでにご様子伺いをしようと思ってね」

 あの道鑑と云う坊さんは大僧正なのか、それがどれ程の地位を指すのか私には解らないが。

「それは、気を付けて行ってらっしゃいませ。店の事はお任せ下さい」

 そう云いながら店の裏口まで見送ると、いつか見た体格の良い大哥ダーグゥ達が壺を荷車に積み込んでいた。

 年に何度か見るこの光景。あの大きな壺には道鑑がこの店に頼んだ物が入っているのか。

 てっきり中身は皮蛋だと思っていたが、僧侶は卵を口にしてはいけないのでは無かったか? では、皮蛋では無く別の物なのだな。と思い壺を眺めていると在る事に気付いた。

 ――あの壺は、物置に在った壺じゃないのか?――

 壺など倉庫の彼方此方にあるし、珍しい物じゃない。

 何故そう思ってしまったのか自分でも解らない。

「では虞淵、店の事を宜しく頼むよ」

 義父がそう云い、歩き出した時だった。

 大きな石が割れる様な音がし、辺りに甘い香りが立ち込めた。

 荷車に掛けた縄が緩かったのか、荷車が動き出すのと同時に壺が転がり落ち、割れたのだ。

「申し訳ありません旦那様!」

 偉丈夫な大哥が泣きそうな顔で謝っている。

 この匂い……美花が最近いつも舐めているあの薬と同じ匂いだ。

 では、この壺の中身は薬?

 大哥が一人残り、割れた壺とその中身を片付けている。

 蜂蜜のような、その粘度の高いべたべたした薬を掬い上げ、適当な空樽に入れる作業を繰り返していた彼は、何度目かにそれを掬った時、大きな塊が両手に乗っているのに驚いた様だった。

 それもその筈、それは半透明の琥珀色の蜜で出来た赤ん坊の形を成していたのだから。



※“大哥”は“若者”“お兄さん”

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