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HONEY MAN  作者: 鮎川 了
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十五、花の香りの佳人に虞淵が約束した事



「虞淵、起きて」

 私の名を呼ぶ夜鳴鶯の声で気が付くと、美花が心配そうに覗き込んでいた。

 私は気を失っていたのか、父のグゥイを見て。

「歩ける? 早く此処から出なきゃ」

 目覚めたばかりで混乱しているというのに美花は妙に急がせる。やはり此処は入ってはいけない場所だったのだろうか?

 美花は蝋燭の灯りで、出入り口に人がいないか慎重に確認して「さあ早く」と私の腕を掴む。

 私は何か取り返しのつかない事をしてしまったのだろうか?

 だから父の鬼が出たのだろうか?


「夜も更けたと云うのにあなたが戻って来ないものだから探しに来たの。もう、あちこち探したわ、まさかあんな所にいるなんて」

 小走りで寝室に駆け込み、少々息の上がった声で美花はそう云った。黒い髪が汗で白い首筋に貼り付いているのは私を探し回っていた証拠だろう。

「あの物置……と聞いていたけど……彼処は何なんだい?」

「物置よ、確かに物置だわ、でも“置いて”ある“物”が問題なのよ」置いてある物と云っても、何の変哲もない壷だの樽だのばかりで……

「虞淵、あなた彼処で何か見なかった?」

 そう訊かれて父の鬼を見た事を思い出し身震いした。あの恨みがましく呻吟する顔を。だが、美花が訊いているのはその事では無いだろう。

「何も……蝋燭の火が消えてしまって、真っ暗で何も見えなかったから」

 私がそう云うと美花は深い安堵の溜め息を吐く。

「良かった」

「良かった?」

「いい? あなたは昼間の疲れで、父様がお客様を接待しているうちに眠くなって此処でずっと寝ていた。そういう事にしておいてね」

 美花の真剣な眼差し。此処で産まれ育った彼女でさえ恐れている事。

 それは何なのか激しく気になったが

「解った、美花の云う通りにする」

 それを聞いて安心したのか、美花は笑顔を見せながら寝台に倒れ込んだ。

 なんて私は馬鹿なのだろう。体の弱い彼女にこんなに心配をかけて。

 この件は深入りするのは止そう。昔、父と義父との間に何が在ったのかは知らないし、叔父が何を思い違いしているのかも知らない。

 好奇心も程々にしないと今回のような目に遭うのだ。

 鬼などより、美花の笑顔を見られなくなる事の方が恐いし辛い。

「美花、汗をかいたまま眠ったら体に毒だよ」

 綿のように柔らかい手巾で彼女の首筋や胸元を拭いてやると、花のような香りがする。

 成程、佳人は汗さえも香気を放つのか。その香りを直に嗅ごうと首筋に鼻を近付けると美花はくすぐったそうに笑い、私を寝台に沈めた。

 



【解説】

中国では“亡霊”の事を“鬼”と呼びます。

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