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HONEY MAN  作者: 鮎川 了
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十四、暗闇に鬼が現れる



 あれからどのくらい経ったのだろう?

 元々ひんやりとしたこの場所は長く居ると手足の感覚が無くなる程寒い。

 ああ、誰か開けてくれないだろうか? 義父に叱られたとしてもこんな所で冷たくなるよりはずっと良い。

 何故私は、あんなに義父に見付かる事を恐れていたのだろう?

 まるで蝋細工のようになってしまった手に息を吹き掛けても、暖かいのか冷たいのかさえ解らない。

 何も見えない暗闇は一体私が今、目を開けているのか閉じているのかさえも曖昧にさせる。

 耳を澄ましても話声や足音どころか人の気配すら感じられず、この世界に私がたった一人残されてしまったような寂しく悲しい感情に支配された。

 ――蟹を苛めた罰が当たったのだろう――

 あの時あの蟹を助けていたなら、蟹は恩返しをしてくれただろうか? あのハサミで鍵を開け、私を此処から出してくれただろうか?

 ……そうだ、鍵だ。 

 何か鍵の代わりになるような物は落ちていないだろうか?

 隅から隅まで手探りで探っていけば、釘だとか金具の切れ端だとか、姐姐が落としたこうがいだとか、そんなものが見付かる筈だ。

 そう思い私は四つん這いになると感覚の無くなった手で冷たい石の床を撫で擦った。

 動いているせいか段々体が暖まって来て、手足の感覚も戻って来た。

 しかし、思いの外掃き清められているらしく、金具の切れ端どころか小石ひとつも手に当たらない。

 段々、掌が擦れて痛くなり始めた頃、手に何かが触れた。

 小さくて、丸くて、皺が寄っているそれは桃の種のようだ。

 まさか、美花が無くしたというあの桃の種では無いだろうな? と手で皺を探ってみてもそれが人の顔の形になっているかまでは解らない。

 しかし、桃の種などが落ちていたと云う事は他にもきっと何か落ちている筈だ。と、私は一筋の希望を見出だせたような気がした。

 その時。

 誰かが私の前を横切った。

 勿論見えてはいないし、足音がしたわけではないが、確かに、人間が私の鼻先を横切った気配がした。

 もしかして出入り口は他にも在って、其処から誰かが入って来たのだろうか?

「誰かいるんですか?」

 小声で話し掛けてみたが返事は無い。それなのに、

“それ”は私の目の前に居る。

 手を伸ばせば難なく触れられる場所に。

 ならば何故返事をしない?

 そしてこの者は何故、こんな暗がりで私にぶつかる事なく歩く事が出来るのだろう?

 私の目の前にいる筈のそれはいくら手を伸ばしても触れる事が出来ない。確かに息づかいを感じるのに体温が感じられず、一段とひやりとした冷気の塊があるだけだ。

 体中に鳥肌が立つ。そうだ、これは生きている人間では無い。

 そう気付いてしまった途端、それまで何も語らなかった“それ”が叫んだ。

「私は殺された! 殺されたんだ!」

 耳に、と云うより頭に直接突き刺さるような絶叫。

 ふと見ると暗闇の中で父の顔が苦しげに呻いているのが見えたような気がした。



 

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