十三、物置の壁から話し声がした事
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何かが熟成された匂いが立ち込めている其処は壺や樽がひしめいていて、幾らか賑やかな気がする。
賑やかと云っても誰か居るわけではないが。
件の扉は鍵を掛け忘れたのか、それとも元々鍵など付いていないのか、拍子抜けする程あっさり開いた。
やはり、義父が云った通り物置で、雑然と物が置いてあるだけの詰まらない場所なのだろう。それなのに妙な好奇心を持ってしまった自分が滑稽に思えて来て、中を見るまでもなく扉を閉めて戻ろうとした時だった。
物置の奥の方で何やら人の話し声がする。
倉庫の灯りの蝋燭を燭台ごと持って来て照らしてみたが、一段と大きな壺や樽が並んでいるだけで人の居る様子は無い。
空耳だったのだろう。と扉を閉めようとするとまた人の声がする。
気になって壺の間を縫うように進んで行くと、どうやらその声は突き当たりの壁の向こうからするようだ。
壁に耳を当てて聞いてみると、聞き覚えのある声が混じっているのに気付いた。義父だ。この壁の向こうはあの店の個室になっているのか。
しかし、誰が話しているのかは解るものの、何を話しているかは耳を痛くなるほど壁に押し付けても解らない。
辛うじて“約束”だの“薬”だのの単語は聞き取れたが、そんなものは只の世間話でも出てくる言葉だ。
結局何も解らないまま、そのうち話声も聞こえなくなり、戻ろうかと思っていると、倉庫の方から足音がする。
何食わぬ顔で出ていっても別に不審がられはしないだろう。暇だから倉庫や物置を見て回っていたと云えばいい。なのにその時は何故か自分が此処に居るのを知られてはまずいような気がして、反射的に蝋燭の火を吹き消した。
「なんだ? 扉を閉め忘れたのか?」義父の声がした。誰かに話していると云うより独り言らしい、と、云うことは道鑑は帰ったのだろう。店仕舞いの為に倉庫を見回っているのだろう。
「誰かいるのか?」
見付かってはいけない。
何故そう思うんだ?
何故私は義父が持っている灯りに照らされぬよう、身を屈めて壺の隙間に身を潜めているのだろう。
扉が閉まる音がして、安堵したのも束の間、鍵を掛ける音がする。
この物置にはやはり鍵が付いていたのだ。
遠ざかって行く義父の足音を聞きながら途方に暮れた。
こんな暗闇に閉じ込められ、夜明かししなければならない心細さと、次に此処が開けられるのはいつだろう? という絶望に近い不安で気が遠くなった。
もしかしたら、私は此処で死んでしまうのかもしれない。妙な疑いを持つからこんな目に遭うのだ。
叔父の話など気にするべきでは無かったと、後悔したが後の祭りだ。




