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HONEY MAN  作者: 鮎川 了
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十二、張が道鑑を迎え、虞淵が不具の蟹を酷遇する



 件の客はやはり徳の高そうな僧侶だ。道鑑と呼ばれたその高僧は店で一番良い個室に案内された。

「あのお坊様はこの店の大切なお客様のようだけど、どういう方なの?」

 たまたま側にいた姐姐に小声で訊いてみたが、「大きなお寺の住職です」とやはり小声で返って来ただけだった。そんな事は身なりを見れば嫌でも解る。

 供される料理も素晴らしいもので大根や人参に細工をして造った龍や鳳凰が皿の上に鎮座している。

 椰子の芽だとか、洞窟の中に生える白い木耳だとか珍しい食材を変わった料理法で調理し、鳳凰の尾羽の横に、或いは輪を描く龍の胴体の中に美しく盛り付けられる。

 しかし、そんな心尽くしのもてなしを受けていると云うのに、道鑑はにこりともせず厳しい顔で席に着いているのだ。

 やがて義父が「後の給仕は私がやるから、皆は下がっていなさい」と人払いした。

 それはいつもの事らしく店の者は素直に従ったが、若旦那と呼ばれようとも所詮は新参者の私はどうも腑に落ちない。

 ――張はお前の親父を殺したんだぞ――

 突然、叔父の言葉が蘇る。

 全く関係ないと思うのだが、叔父が変な事を云うものだから、あの個室で義父と道鑑が善からぬ事を話している気がしてならない。

 そんな事は無い、きっとあの僧侶は義父の恩師なのだ。だから義父自ら給仕をかって出て、ゆっくりと語らってるに違いない。

 良い方に考えようとしたが、その情景がまるで、田舎役者の三文芝居のように稚拙に思えて仕方がない。

 疑惑を払拭する為にも確かめてみたいのだが、私ごときが出しゃばって義父に怒られるのも詰まらないし、あの道鑑の鋭い眼光が恐ろしい。

 落ち着かず、店の中をウロウロしていても店の者に邪魔にされているようで居心地が悪いし、珍しい食材でも眺めていようと、倉庫へ行く事にした。


 しかし、この時間だ、野菜の倉庫は葉物野菜の切れ端が床に散らばってるだけだし、ナマ物の倉庫には脚が一本足りない蟹が一匹、樽の中で所在無さ気に泡を出していた。

「不具の体ゆえに命拾いしたか、私なら脚が一本無い位じゃ文句など云わないがな」

 そう云いながら指でつつくと一丁前にハサミを持ち上げ怒っている様子だ。

 こんな所で蟹など苛めて遊んでいる私も、こいつと同じようなものかもしれない。

 どうせ此処に居たって明日には「客に出せないのなら私が貰って行きます」と、店の誰かに食われてしまうんだろう。

 海にでも放してやろうかと思ったが、そこまでして蟹に恩を売ってどうするんだ。と、思い止まった。

 そういえば、もうひとつの倉庫に妙な扉が在った事を思い出した。

 義父は“只の物置”と云ったが、何故あんな所に在るのか気になっていた。

 それに本当に物置なら、私が入っても怒られやしないだろう。

 蟹の泡を出す音なのか、泡が弾ける音なのか、ぴちぴちと幽かな音がする。助けてくれと云っているように聞こえるのは私の思い過ごしだろう。




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