十、虞淵が初夜の前に酔い潰れる
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私と揃いの生地で作った花嫁衣装に身を包んだ美花はまるで深紅の牡丹の精のようだ。
薄い微笑みを湛え、俯く姿は虞美人草のようでもある。
美しい人をいちいち花に例える詩人の気持ちが今はよく分かる。そう、私も今なら美花の美しさを讃える詩を即興で書きあげ、朗々と詠む事が出来るだろう。
身なりの良い紳士淑女が次から次へと現れては私達二人に祝いの言葉を述べて行く。
「まあ、なんて似合いの御二人なんてしょう。末長くお幸せに」
絶えず鳴り響く楽の音、踊り子達の艶やかな踊り、見たこともない食材を使った料理に上等な酒。
ここはきっと極楽浄土だ。それとも桃源郷か?
緊張はしたが、生まれてから一度も経験したことのない楽しさに先程の叔父の言葉は何処かへ消し飛んでいた。
慣れない宴で勧められた酒ですっかり酔い、いつ披露宴が終わったのかも解らなかった。
気が付くと、とても暖かい寝床に横になっていた。
これはオンドルと云うものだろう。下で火を炊いてるのだ。話には聞いていたが、まさか私がこういうものを使う日がくるとは思わなかった。
酔い潰れてしまった恥ずかしさより、寝床の暖かさに感激し、あんなに飲んだと云うのに全然気分が悪くならない上等の酒に感心していると、花のような、果実のような良いかおりがして、美花が私を覗き込んでいる。
「大丈夫? 虞淵」
薄物の着物を着た美花は薄く白粉を叩いただけだったが、それでも充分綺麗だった。否、化粧をして着飾った彼女より今の美花の方がずっと良い。
「ごめん、酔い潰れてしまったね、君やお義父様に恥をかかせてしまったかもしれない」
そう云いながら起きようとしても絹の布団は雲で出来ているように私の身体を絡め取る。
「大丈夫。最後まで立派だったのよ、自分で覚えていないなんて、勿体無いわね」
少し安心した。安心はしたが、美花の顔が近すぎて気が気では無い。どうしたらいいかは解ってる積もりだが、どうしたらいいのだろう?
「もう、披露宴では大丈夫だったのに、ここで私に恥をかかせるつもり?」
恥ずかしそうに、それでいて気だるい声でそう云われ、慌てて細くしなやかな美花の腕を掴むと薄衣越しに彼女の体温を感じ、後は二人とも絹の雲に埋もれ、私はもうこのまま死んでも良いと思うひとときを味わった。




