オネスト・ゲーム
オネスト=honest=正直者、とお思いください。
「失礼します」
不満げな声を押し殺し、極力普通の声を出して俺はドアノブを回した。校長室、とは言ってもやはり学校の一つの部屋に過ぎず、大層普通な木製のドアに金属のノブ。清潔さは感じられるが豪華さは感じられなかった。
ドアを押したその先には、もう既に俺以外の人間は集まっていた。呼び出した張本人である校長、俺の他に呼ばれた七人の生徒、そして、謎の仮面の女だ。
校長と、本人以外の全員の目が、女のつけている仮面にくぎ付けになった。今時祭りの屋台でも売っていなさそうなひょっとこの仮面を付けていた。体型、そして服装から女性であるとはすぐに分かった。
「よし、これで全て集まったな」
だしぬけにそう口にしたのは、校長先生だった。八人全員が揃って満足そうな顔をしている。
だがやはり、満足そうにできるのは、呼びだした張本人だからこそで、思い出したように俺達の顔には不満が滲んだ。
「そう言えば、何で俺達が呼び出されたんですか」
「別に何も悪いことしてないですよ」
大柄な男子が真っ先に口を開き、それに便乗する形で小柄な男子も言及する。やはり、俺以外の人間も呼ばれた心当たりがないようだ。
そして、俺達の怒りの矛先は先生へと向かっていたのだが、それを諌めたのは隣にいる仮面の女だった。
「落ちつきなさい。あなた方が選ばれたのはランダムですよ」
別にお前たちでなくても良かったのだ、という口ぶりだ。しかしそれで言うと、なぜ俺だけがあんなに強調したような言い方で呼び出されたのかは分からない。
ただしそれを直接言葉にしてぶつけても、あまり効果がないように思えたので、黙っていることにした。
「ランダムって、適当ってことですか。それでいきなり呼び出すなんて、どういう用件なんですか!」
かなり苛立っているのか、一人の女子が声を荒げる。しかしそれでも、仮面の女は微塵も揺らがなかった。仮面をしていなかったにしろ、顔色一つ変えなかったのだろうと思う。冷淡な口調で彼女は切りかえす。
「それを今から言おうとしているのにあなた達が騒いでいるのでしょう」
そう言われて、抗議した三人は黙り込んだ。事実として一方的に喚いているのはこちら側で、言いかえすことができない。そして、話を聴くためにはこれ以上の抵抗は邪魔にしかならないと判断したようだ。
そこで、校長がふと笑い声を漏らした。
「あまり生徒達を虐めないでくださいね」
本当にそう思っているならこんな風に呼び出さないでくれ。そのような皮肉が喉から飛び出しそうになるが、必死で飲み込む。やはり、沈黙しているのが一番の近道のようだ。
「……では、話を始めましょうか」
こちらに抵抗の意思がなく、静かになったことを見届けた彼女は、満足そうな声音でそう前置いた。
校長がゆっくりと頷くのを確認した後、話を切り出す。
「これからあなた達に、あるゲームをしてもらいます」
「ゲーム?」
ゲームと聞いて、最初に抗議した大柄の男子の関心が仮面女の話に寄せられた。見渡してみると、他にも興味を示した者は少なくないようだ。
「はい、オネスト・ゲームと言います」
「オネスト……正直者のゲーム……」
「その通りです」
不意に女が、軽く二回拍手した。小気味良い音が部屋に響くと、外で待機していたのか、二人の作業員が入ってきた。体格的にこちらは二人とも男のようだ。二人がかりで、大きな液晶のテレビを運んでいる。
まず台座を置き、その上に運んできた大きなテレビを置く。そして一方が電源をつけて、もう一人はどこかからリモコンとDVDを持ってきた。電源をつけている方にDVDを手渡し、テレビの横側からそれを挿入する。
表示されたテレビ画面には、アニメーションで五人の人物が映っていた。
「それでは、ルールを教えます。この人達には、一人あたり一つの証言があります。それを元にして、私から出される問題を解いてください。ただし、一つだけ注意すべき点があります。嘘吐きの発言です」
「嘘……偽の情報が紛れてるってこと?」
「ええ、極少数ですが紛れています。そして、嘘吐きにとっての嘘とは正反対の性質を持つものです」
「……どういうことですか?」
淡々とルールが説明される。俺はまったく心の準備が出来ていないのに、他の連中はゲームと聞いただけで楽しんでいるようだ。
「もし仮に、百人のうちに女性が三十人いたとします。残りの七十人は男性です。嘘吐きがこの場所に男女はそれぞれ何人いるか、と訊かれた際には、男三十人女七十人、と答えます。六十人と四十人、といった風には答えません。御理解いただけたでしょうか?」
「うーん……大体」
「結構です。それではゲームを始めます」
その一言と共に、緊張の糸が張り巡らされる。静けさが、校長室に満ち溢れているが、その性質は先程教室にいた時の者とは違っていた。
「この中に、たった一人だけ正直者がいます。それは一体誰でしょうか?」