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4「お前は本当に心底気持ちが悪いな」



 加羅の言葉の真意も掴めぬまま日々は過ぎ、あれから一月近くが経った。『奪う』という穏やかでない言葉を残していったくせに加羅の動きは特に無く、紫呉の日常は平穏すぎるほどに平穏だ。だからこそ不安でもある。

 紫呉は大事をとって今も支暁殿に在る。傷はもう随分と治ってきたが、それでもまだ本調子というには程遠く、弐班の任も鳥獣隊の任も、満足いくよう果たすには骨だろうと思われたからだ。

 茹だるような蒸し暑さの中、紫呉は目を覚ました。爽月(そうげつ)とは名ばかりで、日を追うごとに暑さは増している。気の早い蝉はもう鳴き声を上げ始めていた。

 寝汗でべたつく顔を夜着の袖で拭い、紫呉は寝転んだままうんと伸びをした。目は覚めたものの体を起こすのは億劫で、そのままぼんやりと天井を眺める。

 影虎は先日屯所へと発った。紫呉の身を心配する素振りを見せていたが、そう長く屯所を空にするわけにもいかない。ちゃんと食え、ちゃんと寝ろ、ちゃんと連絡入れろ、と念を押す彼を半ば追いやるような形でその背を送った。

 須桜もそろそろ屯所へ向かうと言っていた。予定では今朝だと言っていたか。もう発って……は、いなかった。

「……何をしていますか」

 己の枕元、何やら箪笥をごそごそと漁る須桜の背中が見えた。その手には足袋を持っている。

「いつも思うんですが……、何故足袋なんですか?」

「下着類だと懐に入りきらず、着物類だと寸法が違うので役に立たず、なので丁度良い大きさの足袋という結果になるわけです」

 振り向いた須桜が、やけにきりっとした顔で言う。

「お前は本当に心底気持ちが悪いな……」

「だって離れてる間も紫呉の存在を感じていたいんだもの」

「お前は本当に心底気持ちが悪いな」

「やだ二回目」

「とりあえずそれは返せ」

「えー」

 起き上がり、須桜の手から足袋を奪う。須桜は唇を尖らせていたが、ふと何かを思いついたのか大きな瞳を輝かせた。

「じゃあ、代わりに何かちょうだい?」

「嫌です」

「巾とかー、昔使ってた結い紐とかー。紫呉の使用済みの何かが欲しいな」

「嫌です」

「じゃあ……、逆に使用済みの紫呉?」

「使用済みと僕を切り離せ」

「何もくれないなら、そこの煙草の吸殻持ってくわよ……痛っ」

「お前は本当に心っ底気持ちが悪いな」

「やだ三回目」

 手刀を落とされた額を摩りながら、須桜は頬を膨らませる。だがその目は楽しげだ。

 それは紫呉も同じだった。慣れたふざけたやり取りに、どこか安堵を感じている。……こんな気持ちの悪いやり取りに安心する自分が嫌だ。須桜に毒されたか。

 とか何とか考えていたらだ。

「えい」

「……い゛っ!」

 押し倒された。

 その上、乗られた。

「うふふー、良い眺めー」

「何なんですか……」

 呆れた声で言う紫呉を無視し、須桜は紫呉の体をぺちぺちと上から下まで触っていく。

 傷の具合を確かめているのだろう。紫呉が心配される事を嫌っているのを知っているから、須桜はいつもこのようなふざけた方法を取る。

 ……のは分かっているのだが、鬱陶しい。いや、自分の見栄の所為でもあるのだから鬱陶しいと言っては悪いがしかし、鬱陶しい。

 それに暑い。体重をかけぬようにしてくれているらしいから重くはないが、やはり暑い。

 まあとりあえず、須桜の気が済むまで好きにさせてやる事にしよう。今回は世話をかけた。大した傷じゃない、と須桜は言っていたが、影虎に聞けば背中を斬られたという。大した傷じゃないわけがない。

 また護らせた。……ふがいない。

「あれ、何か大人しいわね。抵抗してくれた方があたし的に楽しいのに」

「……」

 人がせっかく殊勝な気持ちでいるというのに。

 ならば望み通り抵抗してやろうと、手足に力を込めようとした時だ。

「騎乗位かやるな紫呉!」

 スパンと勢いよく襖が開かれ、これまた勢いよく青生が部屋に上がりこんできた。身につけた医療着は、あいかわらず今日もめいっぱい汚れている。

「騎乗位とは随分と具合も良くなったようだな重畳重畳まあ青生が治療しているのだからそれも当然かしかし須桜」

「何よ」

「今朝発つと言っていたのに何故まだいるのだ」

「いちゃ悪いの? ていうか兄貴邪魔。せっかくあたしが楽しんでるんだからどっか行ってよ」

「影と主のまぐわいは禁止されているぞ騎乗位であろうとなかろうと子ができてはまずいからな」

「三回目ですね」

 青生の騎乗位発言が。

「もー、兄貴うるさい。何なのよ」

「青生の目的はいつだって一つだいやしかしいつも一つに限っているわけでもないがまあとにかくそこを退け須桜」

 いそいそと薬箱を開ける青生に、紫呉は目の前が暗くなる思いだった。

 青生の薬はよく効く。治療だって的確だ。

 だが何分痛い。妙に痛い。耐え難いほどに痛い。

「嫌ですー、どきませんー。しばらく紫呉に会えなくなるんだからあたしは少しでも紫呉を補給しておきたいんですー」

「何だと兄に逆らうのか妹よ!」

「逆らいますー。あ、じゃあ兄貴の薬をあたしが受け取って、あたしが治療すれば良いじゃない。兄貴は薬試したいだけでしょ?」

「それだと青生が面白くない青生は直に生の反応を楽しみたいのだ!」

「何でも良いから退いてくれませんかね……」

 いい加減暑い。

 いっそ、さっきやろうと思っていたように無理やりにでも須桜を振るい落として起き上がってやろうか。

 いやでもそうなると、二人がかりで押さえつけられて二人がかりで治療されるのだろう。それは嫌だ。何か嫌だ。

 どうしたものかと悩んでいたらだ。また一つ足音が増えた。

「またそんな事をして……。はしたないわよ?」

「影亮さん!」

「男なんて下半身でものを考えるような生き物なんだから。紫呉だっていつ須桜にひどい事をするとは分からないわ」

「はは(笑)」

「あ、何よ紫呉。その括弧笑い」

「無い。無いですよ影亮さん。絶対無い。無い無い」

 ぱたぱたと手を振り、ついでに首も振る。須桜は面白くなさそうだが、無いんだから無い。

「しかしどうしたのだ影亮何をしにきた貴様も青生の邪魔をするのか」

「ねえ須桜、今朝発つと言っていたでしょう? 見送りに行こうかと思ったら姿が無くて、探したわ。もう発ってしまったのかと思った」

「おい聞いているのかハゲ亮」

「聞きたくないの。お昼になってしまったら暑くなるし、今のうちに発った方がまだ涼しくて良いわ。ほら、行きましょう?」

「はい」

 素直に頷き、須桜は紫呉の上から降りた。

「それじゃあね、紫呉。また屯所で」

 最後に、とばかりに紫呉の髪を一撫ぜし、須桜は部屋を後にした。

「お大事に」

 艶やかな笑みを残し、影亮もその後に続く。

「何なんだあの馬鹿妹は何故影亮のいう事は素直にきく」

 実の兄は青生だぞ、とぶつくさ言う青生がどことなく微笑ましい。

 が、薬を取り出す青生を目にし、そんな思いは吹っ飛んだ。

「さて邪魔者はいなくなったな」

 その笑みが怖い。

「……優しくして下さい」

 初めてなんです、とでも付け加えてやろうかと思ったが、やめた。余計にひどくされそうだ。

「あ」

「どうした」

「……いえ」

 足袋を持っていかれた。どさくさにまぎれてあの馬鹿。

「よしでは始めるぞさてさてさてーどれを使うとするかなー」

 鼻歌交じりに青生は薬瓶の蓋を開けていく。どれもおどろおどろしい色をしていた。それに刺激臭もする。

 紫呉はおくびも隠そうとせず、大きな溜息を吐いた。

 もう嫌だこの兄妹。



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