第9話:名古屋の城と、尽くす男の格差
週末。
TOYOTA アルファードの最上級グレード、エグゼクティブラウンジが、新名神高速道路を滑るように走っていた。
運転席にはヨースケ。今日も父からアルファードを借りてきた。
助手席にはソヨン、そして2列目のVIPシートにはジウンと、初対面のシノさんが鎮座している。
「いやー、さすがアルファードやな。振動ないし、足元広々やし、最高やんけ」
ジウンがオットマンに足を投げ出し、泉州弁でご満悦だ。
「ヨースケ、運転うまなったんちゃう? ブレーキ踏んだんかどうかも分からんわ」
「お前が乗ってる時は、いつも気ぃ遣って運転しとるからな」
「へへ、優秀な執事やな。ほな、着くまで寝るわ。おやすみ」
言うが早いか、ジウンはリクライニングを倒し、秒で爆睡し始めた。
「……自由な子やなぁ」
後ろの席で、シノさんが京都弁で苦笑する。
「あ、はじめまして。ヨースケです。いつもジウンがお世話になってます」
バックミラー越しにヨースケが挨拶する。
「こちらこそ。シノですぅ。今日はごめんねぇ、ウチの彼氏、『今日は熱いイベント日やから外せへん』てパチンコ行ってしもて……」
「あ、いえ……心中お察しします」
起きている3人(ヨースケ、ソヨン、シノさん)は、車内で穏やかに会話を弾ませた。
ヨースケの丁寧な運転と気配りに、シノさんは「あんた、ええ男やのになんでジウンちゃんに振られんの?」と不思議がっていた。
***
名古屋市、東区。白壁エリア。
ナビが「目的地周辺です」と告げた場所には、巨大な門があった。
門の奥には森が見えるだけで、建物が見えない。
「……ここ、公園か何か?」
目を覚ましたジウンが窓の外を見る。
すると、門が厳かに開き、中からデコられたカンナム・スパイダーに乗ったリンちゃんが現れた。
「いらしたねー! 待っとったがね!」
すごい名古屋弁だ。
車を敷地内に進めると、そこには洋館のような邸宅がそびえ立っていた。
玄関ホールだけで、ヨースケのワンルームマンションが3つ入りそうだ。
「初めまして、シノさんだよね! よく来てくれたわぁ」
「ど、どうも……お邪魔しますぅ……(気圧されて声が小さい)」
そして、リビングで待っていたのは彼だった。
長身に仕立ての良いシャツを纏い、爽やかな笑顔を浮かべる青年。
「ようこそ。お会いできて光栄です。**黄 子豪**です」
完璧な発音と所作。
彼こそがリンちゃんの婚約者、台湾財閥の御曹司、ハオくんだ。
***
一行はハオくんのエスコートで、予約困難なひつまぶしの名店へ移動した(もちろん個室だ)。
食事中、ハオくんの「尽くし」は徹底していた。
リンちゃんが鰻を食べやすいように骨の確認をし、お茶が減れば目配せだけで店員を呼び、会話を盛り上げる。
それら全てが、呼吸をするように自然で優雅だ。
「ハオくん、あーんして!」
「はい、リン。……熱くないかい?」
「おいしー! ハオくんも食べてちょー!」
その光景を見て、シノさんは箸を止めた。
(……今頃タツヤ君は、ウチが置いていった小遣いで『海物語』の魚群を追いかけてるんやろか……。同じ人間やのに、なんでこうも違うんや……)
美味しいはずの特上ひつまぶしが、涙の味でしょっぱく感じる。
ジウンもまた、ハオくんの完璧さに舌を巻いていた。
そして、隣で黙々と鰻を食べているヨースケの肘をつついた。
「見習いやヨースケ。あんたもハオくんみたいにならなあかんで。あのスマートさこそが『男の格』や」
「うっ……。分かってるわ」
ヨースケは悔しそうに唇を噛む。財力もスペックも違いすぎて、張り合うことすら烏滸がましい。
しかし。
ハオくんは、穏やかな瞳をヨースケに向けた。
「ヨースケさん。ここへ来るまでの運転、非常にスムーズでしたね。リンの家の前の狭い路地も、一度の切り返しもなく入ってこられた」
「え? あ、はい。おとんの車なんで、絶対擦るな言われてて……」
「それに聞きましたよ。ジウンさんのために、毎日栄養バランスを考えた料理を作っているとか」
「まあ、ジウンがいつも無茶ぶりしてくるんで……」
ハオくんは、深く頷いた。尊敬の眼差しだった。
「素晴らしい。大切な人が快適に過ごせるよう、己の技術と時間を捧げる……。それは愛と献身の究極の形です。ヨースケさん、貴方は立派なプロフェッショナルだ」
「え……?」
「僕たちには、通じ合うものがある気がします」
ハオくんが、スッと右手を差し出す。
ヨースケはおずおずと、その手を握り返した。
「……光栄です、ホァンさん」
住む世界も、銀行口座の桁数も違う。
だが、**「ワガママな姫に尽くす男」**という一点において、二人の間に友情が芽生えた瞬間だった。
それを見ていたジウンは、
「なんでそこで意気投合すんねん……」
と呆れつつも、少しだけヨースケを見直したような顔で、最後の一口を頬張った。




