第6話:年長者の意地と、利用停止のカード
「シノさん……明石海峡大橋、ほんまにだいじょうぶ……? 無理せんといてや……」
インカム越しに聞こえるジウンの心配そうな泉州弁が、暴風と共にシノの耳に届く。
今日はジウン、ソヨン、そしてシノさんの3人で「大阪湾一周ツーリング(通称:ワンイチ)」に来ていた。
「だ、だいじょうぶや……え……! ウチ、これでも競技ライセンス持ってるし……!」
シノさんは強がったが、現実は過酷だった。
ジウンのZX-6RとソヨンのYZF-R1は、カウル(風防)付きで重量もあるため、海上の横風でもどっしりと安定している。
しかし、シノさんの愛車はCRF250L。車重が軽く、車高が高いオフロードバイクだ。
強烈な海風を受けるたびに、身長149cmの小さな体ごと「ふわっ」と横に持っていかれそうになる。
(こ、怖ぁ……! 飛ばされるぅ……!)
ヘルメットの中で半泣きになりながら、シノさんは必死にハンドルにしがみついていた。
***
なんとか淡路島を縦断し、徳島県へ。
ランチは名物の「徳島ラーメン」を食べることにした。
濃厚な豚骨醤油スープに甘辛い豚バラ肉。疲れた体に塩分が染み渡る。
「ふぅ、美味しかったなぁ。……さて、お会計やね」
シノさんは伝票を手に取ると、スッと立ち上がった。
童顔で高校生に見られがちだが、彼女は外資系コンサル勤務のバリキャリ社会人だ。学生の二人にお金を使わせるわけにはいかない。
「ここはウチが払うわ。社会人の甲斐性、見せとかんとな」
「えっ、シノさん悪いですって!」
「ええのええの。お姉さんに任せよし」
シノさんは余裕の笑みで、レジでゴールドのクレジットカードを差し出した。
しかし。
『ピンポーン。お取り扱いできません』
無情な電子音が店内に響く。
「え? ……あれ、ICチップ汚れてるんかな。もう一回頼むわ」
『ピンポーン。お取り扱いできません』
店員の気まずそうな視線。シノさんの背中に冷や汗が流れる。
(なんで? 限度額なんてまだまだ……ハッ!!)
その時、脳裏に昨夜の記憶が蘇る。
同棲中の彼氏、タツヤ(職業不詳・自称起業家)が言っていた言葉。
『シノ、ちょっと事業の運転資金で急ぎの入用があってな。カード番号教えてくれへん? すぐ返すし』
まさか。
いや、間違いない。
今この瞬間、京都のどこかで、タツヤが**「ショッピング枠の現金化」**という禁断の錬金術を行っているのだ。限度額いっぱいまで。
ブブブブブ……!
ポケットの中のスマホが震える。画面には『タツヤ』の文字。
「シノさん? 電話、鳴ってますけど……」
ソヨンが不思議そうに覗き込む。
シノさんは震える指で、そっとスマホの電源を切った。
「……なんでもない、え。間違い電話やわ」
その目は死んでいた。
「あー、あの、たまにはうちらが奢りますから!」
状況を察したのか、単に気前が良いのか、ジウンがサッと財布を取り出した。
「せやでシノさん。いつもお世話になってるし、今日は甘えてください」
ソヨンも優しく微笑む。
結局、ラーメン代はおろか、その後のガソリン代、そして和歌山へ渡るフェリー代まで、すべてハン姉妹が出すことになった。
***
帰りの南海フェリー。
客室のカーペット敷きのスペースに、シノさんは突っ伏していた。
「あかん……もう、お尻が……割れる……」
オフロードバイクのシートは細く硬い。長距離移動には不向きで、ライダーの間では「三角木馬」とも呼ばれる。
度重なる緊張と、硬いシートの振動で、シノさんの小さなお尻は限界を超えていた。
「シノさん、ここ凝ってますねぇ。だいぶ張ってるわ」
「ううっ、そこ! 効くぅ……!」
なんと、K-POP美女姉妹二人がかりで、シノさんのお尻と太ももをマッサージしているのだ。
側から見れば天国のような光景だが、シノさんの心は地獄だった。
年長者として奢るはずが、全額出してもらった挙句、介護までされている。
「かんにんな……ホンマかんにんな……。このお礼は、絶対するから……(涙)」
和歌山港に到着し、夕焼けの中を解散する際も、シノさんは何度も頭を下げていた。
その背中には、哀愁と、オフ車特有の土埃がこびりついていた。




