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第5話:不均等な燃焼間隔と、恋の進捗率

北摂大学の朝。

駐輪場に、攻撃的なエキゾーストノートが響き渡る。

YAMAHA YZF-R1。MotoGPマシンの血統を受け継ぐその蒼い車体が、静かにエンジンを停止させた。

跨っているのは、フルフェイスヘルメットに、クシタニのレーシングスーツで全身を包んだライダーだ。

プロテクターに守られたその姿は、完全に「走るための戦闘態勢」。

しかし、ヘルメットを脱ぐと、そこから現れたのはK-POPアイドルのように端正で、おしとやかな美女、ハン・ソヨンだった。

彼女は手慣れた様子で荷物をまとめると、更衣室へと向かう。ここからが彼女の「変身」だ。

無骨なレーシングスーツを脱ぎ捨て、パウダールームで髪を整える。

更衣室から出てきた彼女は、エレガントな白いブラウスにフレアスカートという、どこからどう見ても**「清楚な女子大生」**になっていた。

そして研究室のドアを開け、さらにその上から白衣を羽織る。

これで、**「機械工学科のハン・ソヨン」**の完成だ。

***

「おはようございます、先輩」

「あ、おはよう。ソヨンさん」

実験室の奥、電子顕微鏡のモニターを眺めていた青年が顔を上げる。

先輩だ。身長は175cmほど、真面目そうな顔立ちで、少し猫背気味。決して派手ではないが、誠実さが滲み出ている。

二人は現在、金属疲労に関する共同研究を行っている。

だが、二人の会話は研究の枠を超え、互いの「萌え」領域へと突入していた。

「先輩、この破断面のストリエーション……見てください。すごく綺麗に入ってます」

ソヨンが頬を染めてモニターを指差す。

「本当だ……。この応力集中からの亀裂進展、教科書通りの美しさだね。まるで計算された芸術作品みたいだ」

先輩もまた、うっとりとした表情でデータを見つめている。

「やっぱり、構造的な必然性が生む形って、尊いですよね。R1のクロスプレーン・クランクシャフトもそうなんです。慣性トルクをキャンセルするための、あの90度の位相ズレ……。あれが生む不等間隔燃焼のトラクション感覚が、もうたまらなくて」

「わかるよ。合理性を突き詰めた結果、あのような独特な振動とサウンドが生まれる。まさに機能美だね。僕たちのこの研究も、いつかあんな風に、無駄のない理論に昇華させたいな」

二人の距離は近い。肩が触れそうなほど並んでモニターを見つめ、互いの知識と情熱を共有している。

信頼しきった眼差し。穏やかな空気。

傍から見れば、どう見ても想い合っている二人だ。

だが、そこには**「付き合う」**という概念だけが欠落している。

***

その様子を、実験室の入り口から覗き見ている影が二つ。

ジウンとヨースケだ。

「……なぁ、ヨースケ。あれ、なんの話してんの?」

ジウンが泉州弁で不満げに呟く。

「さあ……。金属の割れ目が美しいとか、エンジンの振動が尊いとか、俺らには理解できん世界やな」

ヨースケも腕を組み、呆れたように首を振る。

「ちゃうねん! 内容はどうでもええねん! あの距離感よ! 顔あんな近いのに、なんで手ぇ繋ぐとか、今度ご飯行こかとか、そういう話にならへんの!?」

ジウンは地団駄を踏みそうだ。イケイケな自分からすれば、このスローペースは拷問に近い。

「お姉さん、奥手やからなぁ……。先輩さんも、真面目すぎて自分から行けんタイプやし」

「じれったいわぁー! もうウチが後ろからドーンって押して、キスさせたろか!」

「やめとけ。事故るぞ」

ヨースケが暴走しそうなジウンの襟首を掴んで止める。

研究室の中では、まだ二人の「萌え語り」が続いている。

「あ、ソヨンさん。髪、白衣に引っかかってるよ」

「えっ、あ、すみません……」

先輩がそっとソヨンの髪に触れるかと思いきや、論理的に最短ルートで髪をほどき、指先が触れることもなく整えてしまった。

「……完璧なノンタッチ処理や」

ヨースケが感心したように呟く。

「アホかー!! そこで触れや!! 雰囲気作れや!! ああもう、見てられへん!!」

ジウンの絶叫は、分厚い防音ガラスに阻まれ、幸せそうな理系カップル(未満)には届かなかった。

ソヨンと先輩にとっては、この「知的な交流」こそが、何よりの愛の言葉なのかもしれない。

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