表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
六つの運命と深淵の眼  作者: toritoma
第7章 地下水路の死闘と王都の特訓
PR
75/94

第7章 その6

 エイリンが通されたのは、王城から少し離れた場所にある、静寂に包まれた射撃場だった。

 彼女の教官となったのは、かつて王都随一と謳われた老狙撃手、ギデオン。

 白髪と深い皺が刻まれた顔は穏やかだが、その瞳の奥には、長年の戦場経験で培われた射手の鋭い光が宿っていた。

 彼は多くを語らず、ただエイリンに一本の矢を渡し、こう言った。

「小娘、あそこの的を射てみろ」

 ギデオンが指さしたのは、百歩はあろうかという距離に置かれた、ごく普通の的。

 エイリンは自信を持って弓を構え、矢を放った。矢は甲高い音を立てて的の中心に突き刺さる。

 村では誰にも負けたことのない腕前だ。

 しかし、ギデオンは眉一つ動かさない。

「ふむ。腕は悪くない。だが、それでは戦場では赤子同然だ」

 彼はそう言うと、おもむろに自身の長弓を手に取った。

 エイリンが射た矢の、その矢羽だけを正確に射抜いてみせたのだ。

「戦場で狙うべきは、的の中心ではない。敵兵の兜の隙間、鎧の継ぎ目、魔法使いが呪文を紡ぐその唇。全ては、針の穴を通すような一点だ」


 ギデオンによる訓練は、エイリンが今まで経験したことのない次元のものだった。

 揺れ動く船の上から、嵐で荒れ狂う川の対岸にある的を射る。

 目隠しをされ、風の音と気配だけを頼りに、飛来する複数の的を撃ち落とす。

 分厚い鉄板に開けられた、指の先ほどの小さな穴を通して、その奥にある蝋燭の火を消す。

 それはもはや、弓術というよりは、精神集中と自然との対話に近い領域だった。エイリンは何度も失敗し、己の未熟さに打ちのめされた。

(こんなので、フィアを守れるはずがない……)

 焦りが募り、矢筋が乱れる。そんなエイリンの心を見透かしたように、ギデオンが静かに言った。

「お前の矢には、迷いがある。何のために矢を放つのか、その覚悟が定まっておらん」

「……わたしは、仲間を、フィアを守りたいんです!」

 エイリンが叫ぶように言うと、ギデオンは初めてわずかに口元を緩めた。

「ならば、その想いだけを矢に乗せろ。恐怖も、焦りも、雑念も、すべて捨て去るのだ。守りたいという純粋な一念だけが、矢を必中に導く」


 その言葉は、エイリンの心に深く響いた。

 彼女は目を閉じ、フィアの姿を思い浮かべた。

 故郷の森で共に過ごした日々。

 旅に出てからの数々の戦い。いつも隣で、静かに、しかし力強く自分を支えてくれたかけがえのない存在。彼女が危険に晒されることだけは、絶対にあってはならない。

(わたしが、フィアの盾になるんだ。どんなに遠くからでも、どんな困難な状況でも、彼女を脅かすものすべてを、この矢で射ち抜く)

 覚悟が決まった瞬間、エイリンの周りの空気が変わった。

 迷いが消え、心が水面のように静まり返る。

 彼女が再び目を開けたとき、その瞳には的だけが映っていた。


 最終試験の日。

 エイリンの前に置かれたのは、一体の鋼鉄のゴーレムだった。ゴーレムはゆっくりと動き出し、彼女に向かってくる。

「あのゴーレムを止めろ。ただし、射ることを許されるのは、首の関節部分にある指輪ほどの大きさの隙間、ただ一点のみ」

 ギデオンの非情な宣告。

 動く的、しかも急所は極小。並の射手ならば、矢を当てることすら叶わないだろう。

 エイリンは深く息を吸い、弓を引き絞った。

 ゴーレムの動き、関節の軋み、風の流れ、その全てが彼女の感覚に流れ込んでくる。

 そして、守りたいと願う強い想いが、矢先に収束していく。

 ――放たれた矢は、一筋の光となって空を切り裂いた。

 金属的な甲高い音と共に、矢は寸分の狂いもなくゴーレムの首の隙間に深々と突き刺さる。

 動力源を破壊されたゴーレムは、数歩よろめいた後、大きな音を立ててその場に崩れ落ちた。


「……見事だ」

 ギデオンが、心からの称賛を込めて呟いた。

「お前の矢は、もはやただの矢ではない。敵の鎧のいかなる隙間をも見逃さず、確実に急所を穿つ『針』だ。その神技は、戦場で多くの仲間を救うだろう」

 彼はエイリンに、新たな称号を与えた。

「お前は今日から、“針穿者”――パンクチャーと名乗るがいい。その一矢は、千の軍勢にも勝る力となる」


 エイリンは、愛用の弓を強く握りしめた。

 その手には、どんな困難な狙撃も必ず成功させるという、揺るぎない自信が満ち溢れていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ