第7章 その4
レンに与えられた訓練場は、王城の一角にある、土埃の舞う広大な練兵場だった。
彼を指導するのは、王政が誇る重装歩兵部隊の隊長にして、歴戦の勇士であるベオルン教官。
鋼のような肉体と、顔に刻まれた無数の傷跡が、彼の潜り抜けてきた戦場の過酷さを物語っていた。
「いいか、小僧。貴様の役目は、仲間を守る『壁』となることだ。攻撃は二の次、いや、三の次と考えろ。敵の刃が、いかなる魔法が仲間たちに届く前に、貴様のその体で、その盾で、すべて受け止めるのだ!」
ベオルンの咆哮が練兵場に響き渡る。
レンは巨大な塔のような盾――タワーシールドと、全身を覆う重厚なプレートアーマーを身に着けていた。慣れない装備の重さに、立っているだけで汗が噴き出す。
訓練は過酷を極めた。
降り注ぐ矢の雨の中を、ただひたすらに盾を構えて耐え続ける。巨大な鉄球を振り回すゴーレムの攻撃を、衝撃を殺しながら受け止める。
複数の教官助手たちによる模擬戦では、四方八方から繰り出される剣戟を、ただ防ぐことだけに集中させられた。
最初の数日、レンの体は生傷と痣で埋め尽くされた。
あまりに一方的な防御訓練に、レンの心には疑問が芽生え始めていた。
(俺は、強くなるために旅に出たはずだ。なのに、これではまるで殴られ役じゃないか……)
衛兵時代、悪人を見逃してしまった後悔。
もっと力があれば、正しさを貫けたのではないかという自責の念。
レンの根底にあるのは、「悪を討つ力」への渇望だった。しかし、ベオルンの教えはそれとは真逆だった。
ある日の訓練後、疲労困憊で座り込むレンに、ベオルンが問いかけた。
「小僧、貴様は何のために強さを求める?」
「それは……正しいことをするためです。悪を、挫くために」
レンが絞り出すように答えると、ベオルンは鼻で笑った。
「青臭いな。正義など、立場が変われば容易く覆る。だがな、一つだけ変わらんものがある。それは、仲間を守りたいという想いだ」
ベオルンは自身の胸の鎧を指差した。そこには、深くえぐられたような古い傷跡があった。
「俺も昔は、お前のように自分の力ばかりを信じていた。だが、この傷は俺の慢心が招いたものだ。俺が前に出過ぎたせいで、守るべきだった仲間を死なせた。本当の強さとは、己の力を誇示することではない。仲間のために、どれだけ耐え、立ち続けられるかだ」
ベオルンの言葉が、レンの心に深く突き刺さった。
仲間たちの顔が脳裏に浮かぶ。
快活なエイリン、静かなフィア、皮肉屋のミアルヴィ、優しいルード、そして皆を鼓舞するリアン。
彼らと共に戦うとき、自分はいつも最前線にいた。自分が倒れれば、その後ろにいる仲間たちが危険に晒される。
その日を境に、レンの訓練への姿勢は変わった。
ただ耐えるのではない。
仲間の盾となるために、最も効率的な防御は何かを考え始めた。
敵の攻撃の軌道、威力、タイミングを読み、最小限の動きで受け流す。
鎧の角度を調整し、衝撃を逃がす。一歩も引かず、しかし決して無駄な力は使わない。
レンの動きから迷いが消え、防御技術は驚異的な速度で洗練されていった。
数週間後。
訓練の総仕上げとして、レンは5人の教官を同時に相手にする模擬戦に臨んだ。
四方から同時に襲い来る剣、槍、斧。以前の彼ならば、数合と持たずに打ち破られていただろう。
しかし、今のレンは違った。
彼は決して後退せず、まるで大地に根を張った大樹のようにその場に立ち続けた。
盾は的確に敵の刃を弾き、鎧は打撃を滑らせる。攻撃の隙間を縫って繰り出されるカウンターは最小限だが、的確に敵の体勢を崩し、次の攻撃を許さない。
どれほどの時間が経っただろうか。教官たちの息が上がり、ついに動きが止まった。誰一人として、レンの防御を打ち破ることはできなかった。
静まり返った練兵場に、ベオルンが満足げに頷く声が響いた。
「見事だ、小僧。貴様はもはや、ただの戦士ではない。いかなる攻撃にも揺らがぬ鉄壁。仲間たちの希望を守る最後の砦だ」
そして、彼はこう続けた。
「今日から貴様は“難攻不落”――インヴァルネラブルと名乗るがいい。その名に恥じぬ働きを期待する」
レンは、訓練で使い込んだタワーシールドをそっと置き、その重みを両手に思い返した。あの盾は、ただの防具ではなかった。仲間たちの命を守るという、自分の覚悟そのものだったのだと、レンは静かに胸に刻んだ。




