第7章 その2
戦端が開かれたのは、一瞬の静寂の後だった。
左利きの男が後方でライトクロスボウを構える中、前衛の二人が同時に動く。
まず、ルードがレンの持つバスタードソードに手をかざし、祈りの言葉を紡いだ。
「“聖なる光よ、この刃に宿り、邪を打ち払う力となれ”」
淡い光が剣身を包み、神聖な気を帯びる。
レンは力強く頷き、両手でバスタードソードを握る男と対峙した。
だが、敵の動きはそれを上回っていた。盾を持った男が、獣のような速さでミアルヴィに襲いかかったのだ。
「しまっ……!」
ミアルヴィは咄嗟に身を翻そうとするが、狭い通路では動きが限られる。振り下ろされたバスタードソードが彼女の肩を浅く、しかし確実に捉えた。
「ぐっ……!」
深い傷からの出血に、ミアルヴィの顔が苦痛に歪む。
「ミアルヴィ!」
エイリンの鋭い声が響く。だが、その声に応えるよりも早く、フィアの詠唱が空間を震わせた。
「“雷光よ、我が指先に集え”――ヴェル・シオン・ラミナ!」
彼女の指先から放たれた雷の魔弾が、両手剣の男へと突き刺さる。確かな手応えに、フィアは「まずは一人ずつ、確実に」と心に決めた。
後方では、左利きの男がライトクロスボウに矢を装填する、かちゃり、という乾いた音が響く。その音を背に、リアンはリュートを掻き鳴らし、高らかに歌い始めた。
「――さあ、聞くがいい! 英雄たちの物語が、今、ここに始まる!」
それは、味方の心を奮い立たせる英雄の歌。
仲間たちの士気が上がるのを感じる。だが同時に、敵の目にもまた、好戦的な光が強く宿ったようだった。
歌声が響く中、盾の男が再びミアルヴィに襲いかかる。
手負いの彼女に、回避する術はなかった。強烈な一撃がミアルヴィの体を打ち据え、彼女はその場に崩れ落ち、意識を失った。
「ミアルヴィさん!」
レンが叫び、怒りを込めて両手剣の男に斬りかかる。祝福を受けたバスタードソードが、重い一撃となって敵の鎧を砕いた。なかなかのダメージだ。
それに続くように、エイリンが弓を引き絞る。彼女の放った矢は、寸分の狂いもなく、レンが切りつけた箇所――両手剣の男の鎧の隙間へと吸い込まれていった。
「ぐ……あ……」
男は呻き声を上げ、膝から崩れ落ちる。その命は、もはや風前の灯火だった。
「ミアルヴィ! しっかりしろ!」
ルードは倒れたミアルヴィの元へ駆け寄ると、すぐさま中回復の奇跡をかける。
その掌から放たれる温かな光が、彼女の傷を癒やしていく。やがてミアルヴィはうっすらと目を開き、意識を取り戻した。
その間にも、戦いは続く。盾を持った男が、今度はレンへと狙いを変えて攻撃を仕掛けてきた。だが、レンは冷静に盾でそれを受け止め、ほとんどダメージを受けない。
好機と見たフィアは、詠唱を完了させる。
「……そこ!」
再び放たれた雷の魔弾が、盾の男の胴を撃ち抜く。男はたまらずその場に膝をつき、大きく体勢を崩した。気絶したようだ。
後方から、左利きの男がクロスボウを放つ。狙いはレン。矢は正確に彼の胸へと飛来するが、分厚い鎧に阻まれ、かん、と高い音を立てて弾かれた。
リアンは歌い続ける。その歌声が、仲間たちに勇気を与え、敵には焦りをもたらしていた。
レンは好機と見て、膝をついた盾の男に渾身の一撃を叩き込む。だが、男は驚異的な反応でそれを回避した。
続くエイリンの矢は、男の鎧に命中するものの、ダメージを吸収され、あまり効いていないようだ。
そして、ルードの奇跡によって意識を取り戻したミアルヴィが、ふらつきながらも立ち上がった。
「ミアルヴィ、無理はするな!」
ルードはそう叫びながら、彼女に鎧の加護を与える。聖なる光が彼女の身を守るように包み込んだ。
そのルードの背後を、体勢を立て直した盾の男が襲う。バスタードソードの一撃がルードの肩を捉え、そこそこのダメージを与える。
「くっ……!」
ルードは痛みに顔を歪めるが、倒れはしない。
フィアが三度、雷の魔弾を放つ。盾の男の体に再び電撃が走り、そこそこのダメージを与えた。
「――そこだ!」
左利きの男の声が響く。再装填を終えたクロスボウが狙うのは、今まさに加護を受けたばかりのミアルヴィ。
放たれた矢は、彼女の顔のすぐ横を掠めて飛んでいった。ぎりぎりで避けたのだ。
リアンは歌い続ける。戦場の流れは、一進一退を繰り返していた。
レンのバスタードソードが盾の男を捉え、なかなかのダメージを与える。続くエイリンの矢が、さらに男の体力を削っていく。男はもう倒れそうだ。
とどめを刺そうと、ミアルヴィもショートソードで切りかかる。だが、瀕死のはずの男は、最後の力を振り絞って鎧で攻撃を受け止め、ダメージを受けない。
「――終わりです!」
その隙を、ルードは見逃さなかった。懐から取り出したノーマルアクスを、盾の男の無防備な脇腹へと叩き込む。呻き声とともに、男はその場に崩れ落ち、完全に気絶した。
用心棒が二人とも倒れたことで、戦況は一変した。
フィアは即座に、最後の敵である左利きの男へと狙いを定める。
「“雷光よ”――!」
放たれた雷の魔弾が、男の肩を撃ち抜いた。そこそこのダメージだ。
「……ちっ!」
舌打ち一つすると、左利きの男は懐から球状の何かを取り出し、足元に叩きつけた。
パンッ、という乾いた破裂音と共に、濃い煙がアジト内に充満する。煙玉だ。
一瞬にして、一行の視界は完全に奪われた。
リアンの歌声だけが響く中、レンが音を頼りに剣を振るうが、空を切る。エイリンの矢も、闇の中へと消えていった。
だが、ミアルヴィの獣人としての聴覚は、煙の中でも敵の微かな息遣いを捉えていた。彼女の放った一撃は、確かに男の腕を浅く切り裂いた。
「逃がすか!」
ルードもまた音を頼りにアクスを振るうが、攻撃は外れる。
その直後、ばしゃん、と大きな水音が響いた。左利きの男は、水路へと飛び込んで逃げたのだ。煙が晴れる頃には、その姿はどこにもなかった。
ただ、遠ざかっていく水音だけが、彼の逃走を告げていた。
戦闘は、終わった。




