第6章 その4
昼下がりの柔らかな陽光が、庭を照らしていた。
咲き誇る白百合の香りが、かすかな楽音とともに空気を包み、どこか夢の中のような静けさを漂わせている。
芝生の上には小さな卓がいくつも並べられ、貴族らしき客たちが詩や棋を肴に、静かに言葉を交わしていた。
風は穏やかで、木々の葉も心地よさそうに揺れている。
その庭の中央に向かって、ひとりの若い男が歩いていく。
レオニス・ヴェルト――鷹の意匠を袖にあしらった青年は、客たちの間を縫うように進み、控えめな笑みを浮かべながら、リアンの方へと目を向けた。
リアンは卓を離れ、彼に並ぶ。
レオニスは一つ合図をして近習を下がらせ、声を落とした。
「ここは人が多い。……手短に頼む」
「もちろん。率直にお聞きします――“目”の紋章をご存じですか? 各地でトラブルの印として現れており、王政へ正式に報告したいのですが、入口で止められていまして」
リアンは慎重に言葉を選びながら、それでもはっきりと伝えた。
喉の震えは、歌うときよりもずっと小さい。
ならば――届く。
レオニスは白百合の咲く方へ視線を落とし、静かに指先を欄干に置いた。
「……話は理解した。ただ、今は家の中に問題がある。姉のアレイナとの間に、あらぬ噂が立っていてな。厩で小さな破損が何度か続いていて、『姉の仕業だ』なんて言う者までいる」
声は怒りでも疑いでもなく、ただ疲れたような響きを持っていた。
「けど、俺は……決めつけたくないんだ」
リアンは一拍、息を置いて言った。
「……真相を持ってくれば、よろしいですか?」
レオニスは目を細めてリアンを見た。
そして、懐から小さな紺の紐飾りを取り出し、彼の手にそっと渡した。
「明日の正午までに、やった者と、その理由、それから証拠を持ってきてくれ。騒ぎは避けてほしい。……できれば、姉の名は出さずに済ませたい」
リアンは、その重みを感じるように紐飾りを受け取ると、はっきりと応えた。
「もちろん――やってみせます」
夕暮れどき。
ミアルヴィは街の一角にある“口入れ屋”の小部屋にいた。
薄暗く、油紙の匂いが染みついたその部屋には、古びた書棚と巻物の束、そして書き物机に腰掛ける、年季の入った斡旋人がいる。
男の目は書類の上ではなく、部屋の片隅で丸くなっている猫を追っていた。
だが、言葉はきちんと返ってくる。
「厩の当番頭には話を通した。若君の紐飾りを見せれば、門を開くだろうよ。……ただ、証拠を掴むには別筋から当たる必要がある」
男は机の引き出しを探りながら続ける。
「港の“荷綱組合”で揉め事があった。馬具の革を納めてる店に、混ぜ物が入ったらしい。腹を下す油……樟と焦げの匂いがしたそうだ」
ミアルヴィの耳がわずかに動く。
「送り主は?」
「封蝋が割れてた。印は“帆を畳んだ図柄”。商連の支店印に似てるが、粗いつくりだった。偽物か、あるいはどこかから借りてきたかだな」
そう言うと、男は机の脇にあった小箱から灰色の腕章と、小さな紹介状を取り出して差し出した。
「これで厩の裏門と港倉庫に入れる。通行用の札だ。鼻の利く相棒がいるなら先に港倉を当たるといい。お前さんは厩の様子を見てこい」
ミアルヴィは腕章と札を受け取り、短く礼をした。
「助かった。借りは返す」
部屋を出るとき、彼女の尻尾が一度、しなやかに揺れた。




