第1章 その1
傾きかけた陽が、石畳の街道を茜色に染め上げていた。多くの旅人と荷車が行き交う街の東門をくぐり、赤毛の少女――エイリンは、目的の街オストヴァルへと足を踏み入れた。
「へえ、ここがオストヴァルか……! なんだか、いよいよ冒険が始まるって感じがするね!」
背負った弓の感触を確かめ、旅で汚れたマントを払いながら、彼女は隣を歩く幼馴染に快活な笑みを向けた。
銀色の長い髪を風になびかせ、静かな青い瞳で街並みを見渡していたフィアは、その言葉に小さく頷く。
「……ええ。まずは宿を探しましょう。今日は、ゆっくり休んで」
「賛成! 噂の宿屋に行ってみようよ。《明日の栄光亭》だっけ? なんでも、腕利きの冒険者が集まるんだってさ!」
ふたりが目指した宿屋は、活気と料理のうまさで旅人たちの間でも評判の場所だった。
開け放たれた扉の向こうからは、食欲をそそるスパイスの効いた煮込み料理の匂いが漂ってくる。
「いらっしゃい!」
威勢のいい声でふたりを迎えたのは、大きなエプロンをつけた恰幅のいい男だった。人好きのする笑顔の奥に、確かな鋭さを隠したこの店の主、ブルノ・ガルザだ。
「嬢ちゃんたち、二人かい。部屋なら空いてるぞ。ちょうど美味い煮込みが出来たところだ、腹いっぱい食ってきな!」
食堂の隅にある丸テーブルに案内され、エイリンは背中の荷物を下ろして大きく伸びをした。
「ふう……助かったぁ! あの商隊、途中でゴブリンに襲われたときは、どうなるかと思ったけど……」
そう言って、彼女は腰のポーチから小さな革袋を取り出した。中から現れたのは、鈍い銀色に光るペンダント。その中央には、まるで何かをじっと見据えるかのような、奇妙な“目”の紋章が刻まれている。
「これ、さっきのゴブリンが持ってたやつ。何かの印かな?」
フィアはその紋章をじっと見つめ、やがて静かに口を開いた。
「……見たことは、ないけど。不気味。あまり、良いものではないかも」
その時だった。
「――その印……俺、さっき見たやつと同じだ」
声がした方へふたりが顔を上げると、そこに立っていたのは、まだあどけなさの残る、しかし体格のがっしりとした少年だった。まっすぐな茶色の瞳が、ペンダントを驚いたように見つめている。腰に下げた長剣が、彼が戦士であることを示していた。名を、レンという。
その後ろには茶髪の青年、リアンも立っていた。
「さっき、この街の廃屋で迷子の子供を見つけたんだ。そしたら、そこにこの“目の印”が描かれた旗があってさ」
エイリンとレンの視線が交わり、互いの事情を語り合おうとした、その時。
さらに別の声が、彼らの会話に加わった。階段の方から現れたのは、穏やかな雰囲気の青年と、黒猫のような耳と尻尾を持つ獣人の少女だった。
「失礼。今お話しされていた“目の印”……もしよろしければ、それを少し見せてはいただけませんか?」
優しげに、しかしどこか芯の強さを感じさせる声で話しかけてきた青年の名は、ルード。この街に仕える神官だというその柔和な微笑みは、不思議と人の心を落ち着かせる力があった。
だが、彼の隣に立つ獣人の少女――ミアルヴィは、黄緑色の猫の目でエイリンたちをじろりと睨みつけ、警戒心を隠そうともしない。
「ふん……あんたたちも、見たってわけかい。そいつを」
吐き捨てるような彼女の言葉を遮るように、ルードが懐から小さな金属片を取り出して見せた。古びて錆の浮いたそれにもまた、あの“目の紋章”がはっきりと刻まれている。
「これは、先日この街の廃墟で見つけたものです。どうやら、僕たちはそれぞれ別の場所で、同じ印に行き当たったようですね」
一瞬の沈黙が、テーブルを包む。
狩人の少女とエルフの魔法使い。元衛兵の少年剣士と吟遊詩人。そして、神官と猫の獣人。
偶然この宿で出会ったはずの彼らが、奇妙な“目”の紋章によって、見えない糸で引き寄せられていた。
「……この街の教会へ持って行きましょう。あそこなら、この印について何か知っているかもしれません」
ルードの提案に、その場にいた全員が、まるで示し合わせたかのように頷いた。




