第4章 その6
エイリンの声を合図に、戦端は切られた。
「――逃がさない!」
エイリンの指から放たれた必殺の矢が、最短距離で仮面の男の眉間を狙う。だが、男はまるで矢の軌道が見えているかのように、首をわずかに傾けるだけでそれを回避した。
「くっ……速すぎる!」
その背後で、ルードがレンの肩に手を置き、祈りを捧げる。
「主よ、彼の肉体に、鋼の加護を……!」
青白い光がレンの全身を包み込み、その闘志をさらに燃え上がらせる。
「そちらの鉄塊は、私が!」
フィアの両手に凝縮された蒼い魔力の弾丸が、黒鉄の騎士目掛けて放たれる。しかし、騎士の全身を覆う黒い瘴気が、まるで盾のように魔弾を飲み込み、霧散させてしまった。
「魔法障壁……いえ、もっと禍々しい呪いの類ね……!」
そのフィアの分析を肯定するかのように、敵の神官が杖を掲げ、不気味な詠唱を始める。
「ならば、物理でこじ開けるまで!」
リアンの銀色のレイピアが、仮面の男へと閃光のように突き込まれる。男は再びそれを紙一重でかわすが、その体勢がわずかに崩れた一瞬。その隙を、ミアルヴィが見逃すはずもなかった。
「――もらった!」
地面を滑るように潜り込んだミアルヴィの漆黒の刃が、仮面の男の脇腹を浅く、しかし確実に切り裂いた。
「……ほう」
仮面の男が、初めて感心したような声を漏らす。傷口から流れる血を指で拭うと、その視線をレンへと向けた。
「まずは、あなたから」
仮面の男の姿が掻き消え、レンの死角に回り込む。鋭い斬撃を、レンは咄嗟に盾で受け止めるが、それは陽動だった。直後、背後から地響きと共に振り下ろされた黒鉄の騎士の大剣。
「ぐっ……おおおおおっ!」
盾ごと叩き潰さんばかりの衝撃に、レンの全身の骨が軋む。ルードの加護がなければ、即死していただろう一撃。鎧が衝撃を吸収しきれず、レンは膝から崩れ落ちた。
「レン!」
仲間たちの悲鳴が響く。だが、レンは血を吐きながらも、闘志の消えない瞳で騎士を睨みつけ、再び立ち上がった。
「……まだだ……! これくらいで、倒れてたまるか……!」
渾身の力を込めて、バスタードソードを横薙ぎに振るう。しかし、あの巨体からは信じられないほどの俊敏さで、騎士はその一撃をバックステップでするりとかわした。
「……くそっ、化け物が……!」
レンの悪態が、夕暮れの森に虚しく響いた。




