第4章 その5
森の深い影から、あの静かで冷たい声が響いた。
「――やはり、来ましたか」
ゆっくりと姿を現したのは、あの忌まわしき仮面の男。その純白の仮面には、以前はなかったはずの、まるで血の涙を流しているかのような、禍々しい赤い模様が描き加えられていた。
そして、彼の背後には、二つの新たな影が控えている。
一人は、全身を黒鉄の鎧で固めた、巨人と見紛うばかりの大男。その顔は兜で窺い知れず、ただ背負った身の丈ほどもある大剣だけが、無言の圧力を放っている。
もう一人は、白と黒の法衣をまとった神官風の男。しかし、その目元に刻まれた刺青のような紋様と、唇に浮かべた昏い笑みは、彼が光に仕える者ではないことを雄弁に物語っていた。
「お久しぶりですね」
仮面の男は、まるで旧知の友に語りかけるかのように、穏やかな口調で言った。
「我々、“深き目の徒”は、あなた方の探求を歓迎しません。その石板も魔具も、あなた方のような、何も知らぬ者が持つべきものではないのです。……さあ、それをこちらへ」
「ずいぶんと、勝手な言い分だな」
エイリンが、いつでも矢を放てるよう、静かに弓を構える。
その時、ルードが一歩前に進み出た。彼は仮面の男ではなく、その後ろに立つ神官風の男を、まっすぐに見据えていた。
「……失礼ながら、お見受けするに、あなたも神に仕える御方。ならば、話が通じるはずだ」
彼は自身の胸元で輝く、ルーシード神の聖印を指でなぞる。
「我々は、教会の正式な命を受けて、この任に就いています。無益な争いは、神の御心にも背くはず。どうか、武器を収めてはいただけないだろうか」
ルードの真摯な言葉に、しかし、神官風の男は、ふ、と鼻で笑った。それは、心の底から相手を侮蔑しきった、冷酷な嘲笑だった。
「……ルーシード、だと? ああ、あの猫と戯れることしか能のない、腑抜けた神か」
「なっ……!」
ルードの顔から、血の気が引く。
「我が身に宿るは、偉大なる“禍ツ神”。貴様のような光の信徒の戯言など、聞くに値せんわ」
「禍ツ神……古の災厄を司る、邪神……!」
フィアが、絶句したように呟いた。
「……交渉の余地は、なさそうだな」
レンが、ギリ、と奥歯を噛みしめ、剣の柄を握る。
仮面の男は、その様子を満足げに眺めると、ゆっくりと手を掲げた。
「話が早い。……では、力づくで返していただきましょう」
その言葉が合図だった。
黒鉄の騎士が、まるで小枝でも振り回すかのように、軽々と大剣を地面に叩きつける。轟音と共に地面が揺れ、凄まじい殺気が、嵐のように一行に襲いかかった。
「総員、構えて! 来るよ!」
エイリンの声が、夕暮れの森に木霊した。




