第4章 その4
オストヴァルの喧騒を背に街道を歩き始めて、二日目の昼下がり。土の道は雨上がりの湿り気を帯び、一行のブーツに心地よい感触を伝えていた。
「ふぅ……しかし、新しい武器ってのはいいもんだな。なんだか体まで軽くなった気がするぜ」
レンが背負ったバスタードソードの柄を撫でながら、満足げに言う。
「それは、あんたの腕が上がった証拠よ。同じ重さでも、軽く感じるようになった。そういうものよ」
エイリンが、姉のように穏やかに微笑む。
そんな他愛ない会話が流れる中、先頭を歩いていたフィアが、ふと足を止めた。懐から取り出した羊皮紙の地図と、目の前の景色を慎重に見比べる。
「……おかしいわね。この辺りに、街道の分岐を示す標識があるはずなんだけど」
「だいぶ古い地図みたいだしな。杭が朽ちて、土に埋まっちまったのかもな」
レンがフィアの手元を覗き込む。
フィアは小さく頷くと、今度は地図から顔を上げ、じっと周囲の自然を観察し始めた。草のなびき方、獣が通った跡、そして、遠くの山の稜線。
「……こっちね。荷馬車が通った、微かな轍の跡がある。この道で間違いないわ」
まるで森と対話するかのように、淀みなく進むべき道を示すフィアの姿に、ルードが感嘆の声を漏らす。
その隣で、リアンがうっとりと目を細めた。
「標なき道を、星を頼りに進む賢者……ああ、まるで古の詩の一節のようだ」
「……そんな風に言われたのは、初めて」
フィアが、少し照れたように顔をそむける。すかさず、後方からミアルヴィの茶化すような声が飛んだ。
「賢者っていうより、森の奥の書庫に住んでる本の虫って感じだけどね、あんたは」
「う……それは、否定できないかも……」
仲間たちの笑い声が、午後の穏やかな陽光の中に溶けていく。力自慢のレン、皆をまとめるエイリン、博識のフィア、癒し手のルード、そして、ムードメーカーのリアンと、鋭い感覚で危険を察知するミアルヴィ。役割は違えど、彼らはすでに、一つの家族のような温かい絆で結ばれ始めていた。
日が傾き始め、一行が野営の準備を始めた、その時だった。
薪を集めていたミアルヴィが、ぴたり、と動きを止めた。ピンと張られた猫の耳が、風の音とは明らかに違う、微かな異音を捉えていた。
「……誰か、いる」
その一言で、その場の空気が一瞬にして張り詰める。
「敵か……!?」
レンが即座に剣の柄に手をかける。
「静かに」
フィアの低い声が響き、全員が息を殺して周囲を窺う。
風が木々の葉を揺らす音。その中に混じる、意図的に隠された、しかし確かな気配。
そして――。
森の深い影の中から、あの聞き覚えのある、静かで冷たい声が響いた。
「――やはり、来ましたか」
ゆっくりと姿を現したのは、あの忌まわしき仮面の男だった。




