第4章 その3
トゥームレイダーズのアジトで一夜を明かした翌朝、一行はブルノを囲み、大きな羊皮紙の地図を広げていた。
「ここが次の目的地、“リスターラ”だ」
ブルノの節くれだった指が、西方の交易都市を指し示す。
「石板に刻まれていた古代文字と、本部の資料が一致した。この街の地下に、第二の“門”に関する儀式場跡が眠っている可能性が高い」
フィアが真剣な表情で頷く。
「例の幻影で見た、封印の儀式が行われた場所……ということね」
その時、アジトの隅に控えていた黒装束の伝達役が、音もなく一行の前に進み出た。
「諸君らへの支援情報が一つ。この街の北端に、“ヘルメス鍛冶工房”という武具屋がある。表向きは寂れた個人工房だが、主は腕利きの職人で、我々の協力者だ。質の高い装備を、特別価格で融通してくれるだろう」
「ほう、それはありがたい」
リアンが優雅に微笑んだ。
「一流の役者には、一流の小道具が不可欠だからな」
教えられた通り、街の北端のレンガ造りの一角に、その工房はひっそりと佇んでいた。煤けた看板が、歴史を感じさせる。だが、一歩足を踏み入れた瞬間、誰もが息をのんだ。
壁一面に並べられた剣、槍、斧、弓――そのどれもが、ただの武具ではない。使い手を映すかのように磨き上げられ、静かながらも確かな闘気を放っていた。
「……紹介の客だな。好きなものを見ていけ」
カウンターの奥から現れたのは、頑固一徹といった風情の、しかし仕事への誇りに満ちた目を持つ壮年の鍛冶師だった。
リアンが手にしたのは、月光を思わせる銀色のレイピア。試しに軽く振るだけで、ヒュン、と風が歌うような音を立てる。
「……素晴らしい。これならば、私の剣技もさらに冴え渡るだろう」
ルードが選んだのは、聖印の刻まれた手斧。小ぶりながらもずしりと重く、守りのための武具として、これ以上なく頼もしい。
そしてミアルヴィは、まるで闇を切り取ったかのような、漆黒のショートソードを手に取っていた。吸い込まれるような黒い刃は、獲物の喉笛を掻き切る、彼女自身の爪のようだ。
「……これ、いい。すごく、手に馴染む」
満足そうに呟く彼女の尻尾が、嬉しそうにぱたぱたと揺れた。
新たな装備を手にし、一行はオストヴァルの西門の前に立っていた。
「リスターラまでは、街道を使っても十日はかかる。途中の山越えは、魔物も出るだろう。気を引き締めていけ」
見送りに来たブルノが、厳しい表情で告げる。
「……ああ、わかってる。もう、後戻りはできない道だ」
レンが、決意を込めて頷いた。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
エイリンの言葉に、全員が顔を見合わせる。
「どんな冒険が待っているか、楽しみだな!」
リアンの軽やかな声に、仲間たちの顔がほころぶ。
「変な化物にだけは、もう会いたくないけど」
フィアの言葉に、誰もが苦笑いを浮かべた。
六人は、それぞれの荷を背負い直し、新たなる旅路へと歩き出す。
高く晴れ渡った空。穏やかに吹き抜ける風。彼らの未来を祝福するかのような、完璧な旅立ちの日。
――だが、彼らの背後、オストヴァルの街の最も高い鐘楼の屋根から、一羽の鴉がその姿をじっと見つめていることには、まだ誰も気づいていなかった。




