第3章 その10
回転していた扉の中心部が、突如としてその動きを止めた。静寂が訪れたのは、ほんの一瞬。
次の瞬間、扉だと思っていた漆黒の表面が、まるで生き物の皮膚のように、ぶるりと脈打った。
ギィィィィッ!
甲高い悲鳴のような軋み音と共に、その“皮膚”が裂け、内側から三本の巨大な黒い触手が、投げ槍のように射出された。
「――来るっ!!」
フィアの絶叫よりも早く、一本目の触手が蛇のようにしなり、彼女の華奢な胴体に巻きついた。
「きゃあ……っ!」
抵抗する間もなく宙へと釣り上げられ、フィアは苦悶の声を漏らす。
「フィア!」
エイリンが叫ぶが、二本目、三本目の触手が、レンとミアルヴィに同時に襲いかかった。
「うおおっ!」
レンはバスタードソードを盾にするようにして横へ跳ぶが、床に叩きつけられた触手の一撃は、分厚い石畳を粉々に砕くほどの威力を持っていた。
「くそっ、こっちもだ!」
ミアルヴィは俊敏な動きで背後から迫る一撃をかろうじて避ける。しかし、触手は薙ぎ払うように追撃し、その先端が彼女の肩を掠めた。
「ぐっ……!」
小さな悲鳴と共に、ミアルヴィの体は壁際まで吹き飛ばされ、床を転がった。
「ミアルヴィ!」
ルードが駆け寄ろうとするが、触手が暴れ狂い、近づくことすらできない。
天井近くで拘束されたフィアは、締め付けられる体で、それでも必死に魔力を練り上げた。
「この……っ、離しなさい!」
片腕の自由を無理やり奪い返すと、彼女は至近距離から魔法を放つ。
「《ヴェル・シオン・ラミナ》!」
零距離で放たれた魔弾が轟音と共に炸裂し、自身を拘束していた触手を内側から木っ端微塵に吹き飛ばした。
フィアは受け身も取れずに床に叩きつけられるが、すぐに顔を上げる。
「だ、大丈夫……!」
「無茶をするな!もう少しで自爆だったぞ!」
リアンの声に、フィアは荒い息の下で、それでも不敵に微笑んだ。
「これくらい……加減はできる……!」
その時だった。
開かれた“扉”の奥、深淵のような闇の中から、ぬるり、と何かが這い出てくる気配がした。
「……まだ、来るというの」
フィアの瞳が、絶望に細められる。
現れたのは、黒く濁った粘液の塊。しかし、先ほどのスライムとは比較にならないほど巨大で、その動きは重く、見るからに粘性が高い。
「……あれはブロブ。スライムの上位種。まずいわ」
「またあの手のやつかよ!」
レンが悪態をつく。
「攻撃方法は似ているけど、弱点が違う。ブロブは……“冷気”に弱いはず!」
フィアの言葉が、戦場と化した広間に響き渡る。
目の前では、正体不明の触手を持つ扉の化物が暴れ狂い、その背後からは、不気味な粘液の塊が迫る。
絶望的な状況の中、六人は再び、傷ついた体で武器を握り直した。本当の死闘は、まだ始まったばかりだった。




