第3章 その9
スライムの残骸が放つ異臭を背に、一行は通路の先へと進んだ。やがて、ひんやりとした清浄な空気が頬を撫で、目の前に広々とした半円形の空間が現れた。遺跡の最奥部だ。
そこは、これまでの通路とは明らかに異質な場所だった。磨き上げられた石の床、ドーム状の高い天井には、満天の星空を模したかのような美しい壁画が描かれている。長い年月の間、誰の侵入も許さなかったであろう、神聖なまでの静寂が満ちていた。
そして、その空間の最も奥。正面の壁に、まるで空間そのものを切り取って埋め込んだかのように、漆黒の扉が一つ、静かに佇んでいた。
「……あれが、“開かずの扉”か」
レンが、ごくりと息を呑んで呟く。
その扉は異様だった。黒曜石のように滑らかな表面は、ルードが灯す光さえも吸い込んでしまうかのようだ。取っ手も、鍵穴も、装飾の一つすら見当たらない。ただ、そこにあるというだけで、見る者の心をざわつかせる、圧倒的な存在感を放っていた。
「魔法による封印……それも、かなり強力なもののようですね」
フィアが扉に手を伸ばしかけるが、その寸前でルードが「いけません」と鋭く制した。
「下手に触れれば、どんな罠が発動するか分かりません。慎重に」
「……何かに、反応してる」
ミアルヴィが、猫の瞳を細めて低く言った。彼女の耳が、かすかな空気の揺らぎを捉えている。
「このペンダントだわ」
エイリンがゴブリンから手に入れた、あの“目”の紋章が刻まれたペンダントを取り出す。それをそっと扉の前へとかざした、その瞬間だった。
キィン、と金属が共鳴するような甲高い音が響き、ペンダントが淡い光を放ち始める。それに呼応するように、漆黒の扉の表面に、まるで血管のように幾何学的な光の線が走り、複雑な紋様を描き出した。
「……やはり。これが、この扉を開けるための“鍵”だったのね」
フィアが感嘆の声を漏らす。
ゴゴゴゴゴ……ッ!
次の瞬間、地の底から響くような重々しい唸りと共に、部屋全体が激しく揺れた。石の床が振動し、天井の壁画が淡く脈打ち始める。
扉の中心部が、まるで呼吸をするようにゆっくりと内側へ沈み込んでいく。そして、ギ、ギギギィ……と、永い眠りから目覚めた巨人が軋むような音を立てながら、その中心部が回転を始めた。
その動きは不気味なほど滑らかで、一行はただ息を飲んで、目の前で繰り広げられる古代の神秘を見つめることしかできなかった。




