表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
六つの運命と深淵の眼  作者: toritoma
第3章 古代遺跡と継承者
22/94

第3章 その7

 遺跡の内部へと続く石の階段を降りた瞬間、空気が死んだ。

 外の森とはまるで違う――湿り気を帯び、埃と黴が混じり合った、澱んだ時の匂いが鼻腔を刺す。肌にまとわりつく石の冷気が、じわりと体温を奪っていくようだった。闇の奥から、ぽつり、ぽつりと水滴がしたたり落ちる音だけが、不気味に響いている。


 「真っ暗闇ね……。ルード、お願いできるかしら」

 フィアの静かな声に応え、神官ルードは静かに頷くと、そっと右手を掲げた。

 「――我らの道を照らせ、ルーシードの導きの光よ」

 彼の手のひらに、小さな太陽が生まれたかのように柔らかな金色の光球が灯る。光は呼吸するように明滅し、周囲の闇を払った。そこに浮かび上がったのは、悠久の時を経て風化した壁画、無残に崩れ落ちた石像、そして行く手を阻む瓦礫の山だった。


 「モンスターが出るって話だったが、妙に静かじゃないか」

 リアンが剣の柄に手をかけ、警戒しながら呟く。

 「静かすぎるわ。まるで墓場ね。……いいえ、それ以上の何かがいる」

 ミアルヴィが猫のようにしなやかに壁際へ身を寄せ、耳をぴくぴくと動かした。その時、光の輪の先で、何かが蠢くのをレンが見つける。

 「おい……何か、動いてるぞ。壁にも、床にも……!」


 ルードが光球をそちらへ差し向けると、闇の中からぬらり、とそれが姿を現した。

 緑がかった半透明の粘液の塊。決まった形を持たず、ただ不気味に脈動する、巨大なアメーバ。それが四体、床や壁に張り付くようにして蠢いていた。

 「……スライム。数は四。厄介よ」

 フィアが忌々しげに呟く。

 「書物で読んだことがある。物理攻撃はほとんど効かず、酸の溶解液を吐き、獲物を丸呑みにする……弱点は、炎」

 「なるほど、物理は効かないと来たか! ならば、この俺が試してやろう!」

 リアンが一番近くにいたスライム目掛け、レイピアを閃かせて飛びかかった。しかし、鋭い突きは、ぶるん、と粘液の体を揺らしただけで、抵抗もなく受け流されてしまう。

 「なっ……! こいつ、動きが読みづらい!」


 リアンが体勢を立て直すより早く、別のスライムが床から剥がれるように跳ね上がり、巨大な水袋となってレンに襲いかかった。

 「うおっ、危ねえ!」

 間一髪で横に跳んで避けるが、背後で粘液が床を叩くねっとりとした音が響く。

 「フィア!」

 「――《ヴェル・イグナス・ラミナ》!」

 フィアの詠唱に応え、レンのバスタードソードに、まるで生きているかのように炎が絡みついた。灼熱を宿した剣が、淡い赤色の光を放つ。

 「よし!これでどうだ!」

 反撃に転じたレンが、炎の剣をスライムに叩きつける。じゅっ、と肉の焼けるような音と黒煙が上がり、スライムの体が大きく揺らめいた。

 「手応えはねえが、効いてる!やっぱり火が弱点だ!」

 「援護する!」

 エイリンが弓を引き絞り、矢を放つが、狙いは惜しくもぬるりと逸れてしまう。

 「くっ、的が絞りにくい……!」


 その時、後方のスライム二体が同時に蠢動し、その体内から酸の溶解液を吐き出した。一つはレンの頭上をかすめ、もう一つはリアンが転がるようにして避ける。粘液が石壁に付着し、しゅうしゅうと音を立てて白煙を上げた。

 「なんてこった、遠距離攻撃まであるのか!」

 リアンが悪態をつく。

 「こっちに気を引きなさい!」

 ミアルヴィがレンからダメージを受けたスライムへと躍りかかり、ショートソードを突き立てる。ぬちり、とした感触と共に剣は深く沈むが、確かな手応えはない。

 「やっぱり斬撃は通りにくい……けど、確実に削れてはいる!」


 そのミアルヴィを庇うように、リアンが再びレイピアを構える。

 「もう一度だ!」

 しかし、スライムはまたもその攻撃を柔らかくいなした。

 「こいつ、動きが気持ち悪い上にしつこい!」

 「下って、リアン! 今度は私の番よ――!」

 フィアの杖の先に、先程よりも遥かに大きな魔力が集束する。

 「焼き尽くしなさい! 《ヴェル・イグナス・ラミナ》!」

 灼熱の魔弾が唸りを上げて飛翔し、リアンを翻弄していたスライムに直撃した。粘液の体が一瞬にして沸騰し、爆ぜ、跡形もなく蒸発していく。

 「一体、撃破!」

 「ナイスだ、フィア!」

 レンが雄叫びを上げ、炎の剣を再びスライムに叩き込む。しかし、敵もさるもの、巧みに身をよじって致命傷を避けた。

 「しぶとい!」

 「援護します! ――《士気高揚》!」

 ルードの祈りが、光となってレンに降り注ぐ。体が軽くなり、闘志がみなぎるのを感じた。


 だが、その一瞬の隙を、敵は見逃さなかった。

 残る二体のスライムのうち一体が、レンを狙って溶解液を射出。レンがそれを避けるために体勢を崩した、まさにその瞬間、最後の一体が床を滑るように高速で移動し、リアンの背後から巨大な口となって覆いかぶさった。

 「しまっ――!」

 リアンの悲鳴は、粘液の塊に飲み込まれて途切れた。上半身を完全にスライムに呑み込まれ、もがく足だけが虚しく床を掻いている。

 「リアンッ!!」

 エイリンの絶叫が、静まり返った遺跡の闇に木霊した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ