第3章 その3
陽光が降り注ぐオストヴァルの商業区は、まさに活気の坩堝だった。行き交う人々の熱気、天幕を張った露店から響く威勢のいい呼び声、そして石畳を叩く荷馬車の車輪の音。それら全てが混じり合い、街全体が一つの生き物のように躍動している。
「す、すごいな……! 昨日の夜とは、まるで別の街みたいだ……」
人の波に呑まれそうになりながら、レンが目を丸くして呟いた。
そんな彼の隣をすり抜けるように歩きながら、ミアルヴィが猫のようにしなやかな動きで忠告する。
「朝の市場なんてこんなもんよ。それより、スリに目をつけられたくなかったら、財布の口はしっかり締めておきなさい」
「うわっ、あ、ありがとう……!」
レンは慌てて腰の革袋をしっかりと押さえた。
「さて、まずは武具屋と参ろうか! 物語の英雄には、それにふさわしい武具が必要だからな!」
リアンが芝居がかった口調で言うと、神官のルードが穏やかに微笑みながら一歩前に出た。
「値引き交渉なら、僕に任せてください。なにぶん、商家の生まれなもので。こういう駆け引きには、多少慣れていますから」
「おお、それは心強い! さすがは我らが癒し手、聖職者にして商売人とは!」
リアンが大げさに肩を叩き、エイリンも力強く頷く。
「よし、じゃあまとめて済ませちゃおう! 目指すは遺跡よ!」
一行が足を踏み入れた武具屋は、鉄と油の匂いが立ち込める、男臭い場所だった。壁一面に掛けられた剣や鎧が鈍い光を放っている。店主のいかついドワーフは、最初こそ無愛想に一行を眺めていたが、ルードが丁寧に、しかし的確に品物の価値を認めながら交渉を進めるうちに、その頑固そうな口元が少しずつ和らいでいった。
「ふむ……お主、なかなかに見る目があるな。よし、分かった。まとめて買うなら、少しばかり勉強してやろう」
「ありがとうございます。良き品を、良き主の元へ届けるのも、また神の御心ですから」
交渉が成立し、真っ先に装備を整えたのはレンだった。これまで使い込んできたロングソードと革鎧をドワーフに手渡し、代わりに手にしたのは、ずしりと重い鋼鉄のバスタードソードと、波形の装飾が美しいフリューテッドアーマー、そして一回り大きなミドルシールドだ。
「うおお……! 少し重いけど、なんて頼りになるんだ……!」
新しい剣を構え、その感触を確かめるように振るうレンの顔は、喜びで輝いている。
「君の体格なら、問題なく扱えるはずです。剣も鎧も、手入れを怠らなければ、きっと長く君の力になってくれますよ」
ルードの言葉に、レンはにかっと笑った。
「おう! これなら、故郷の兄貴たちも、少しは俺のことを見直してくれるかもな!」
一方、リアンは身体にぴったりと合ったスケイルメイルを試着し、鏡の前でポーズを取っていた。
「ふむ……鎖帷子よりは少し無骨だが、悪くない。戦場の詩人というのも乙なものだ。盾はあえてこちらの小ぶりなものにしよう。歌の邪魔になってもいけないからな」
「あんた、神官でもないのに護符なんて買うの?」
ミアルヴィが、彼が手に取った聖印のアミュレットを見て、意外そうに尋ねる。
「ああ。ほんの気休めさ。だが、いざという時、この輝きが仲間を救うかもしれないだろう?」
弓具屋では、エイリンが新しいロングボウを手に、満面の笑みを浮かべていた。
「見て、フィア! この弓、すごく手に馴染む! 矢筋も安定してるし、前のよりずっと遠くまで届きそう!」
「ええ、とても似合っているわ、エイリン。その新しいレザーアーマーも……うん、少しだけ、いつもより立派に見える」
「ちょっと、それどういう意味よ!」
軽口を叩き合いながらも、ふたりの間には楽しげな空気が流れていた。
ルードは、自身のスケイルメイルを慎重に吟味し、バックラーをより防御力の高いスモールシールドに持ち替える。
「これで、もう少し強い攻撃にも耐えられるはずです。皆さんの盾となるのが、僕の役目ですから」
「背中は任せたわ、ルード」
フィアはそう短く告げると、自身もまた、鋲打ちのスタテッドレザーを手に取った。
「少し重いけれど……慣れれば問題ない。私も、そう簡単には倒れたくないもの」
その言葉には、静かな決意が滲んでいた。
そして、道具屋の隅では、ミアルヴィが黙々と小さな道具を選んでいた。鉄のくさび、小型の金槌、頑丈なロープ――その品揃えは、明らかに遺跡探索を想定したものだった。
「……ふふ、これでお宝探しも、少しは楽になるかしらね」
誰にも聞こえないほどの声で呟いたのを、すぐそばにいたエイリンが聞き咎める。
「ん? 何か言った?」
「べーつに。それより、この新しい鎧、なかなか悪くないじゃない」
そう言って、真新しいスタテッドレザーアーマーの感触を確かめるように身体を動かすと、彼女の黒い尻尾が満足げに小さく揺れた。
全ての買い物を終えた一行の腕には、手に入れたばかりの武具の心地よい重みがあった。それは、これから始まる未知の冒険への、確かな手応えでもあった。
「さて、腹ごしらえを済ませたら、いよいよ出発といこうか!」
リアンの快活な声に促され、一行は馴染みの宿、「明日の栄光亭」へと足を向けた。




