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六つの運命と深淵の眼  作者: toritoma
第2章 深き目の徒と狙われた魔具
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第2章 その5

 宝物庫に、重い沈黙が満ちていた。

 揺れる燭台の光が、床に飛び散った血の痕と、魔法の巻物が燃え尽きた黒い染みをぼんやりと照らし出している。


「……逃げられた、か」

 レンは荒い息を整えながら剣を鞘に納め、悔しさと安堵が入り混じった声で呟いた。

 ルードは倒れていた警備兵に駆け寄り、その首筋にそっと手を当てる。

「意識はないが、命に別状はないようです。……殺すことまでは考えていなかった、と」

「だとしたら、狙いはやはり……」

 レンは宝物庫の奥、重厚な鉄格子がはめられた一角へと視線を向けた。厳重な封印が施された豪奢な木箱が、静かに鎮座している。

「魔具……。封印は破られていない。かろうじて、間に合ったということですか」

「俺たちが来たから、盗みを諦めて逃げた……ギリギリだったな」

 レンは壁に背を預け、大きく息をついた。

「ただの盗人じゃない。あいつは、魔具の存在を知っていた。そして、これからも必ず狙ってくる」

 ルードの静かな言葉に、レンは強く拳を握りしめた。



 地下から戻った二人が裏庭で待機していたエイリンたちの元へ駆けつけると、エイリンが真っ先に駆け寄ってきた。

「レン! ルード! 無事だったの!?」

「ああ、なんとかね。だが……地下に侵入者がいた」

 ルードの言葉に、リアンが眉をひそめる。

「やはり、例の仮面の男か?」

「間違いない。宝物庫でやり合ったが、魔法の巻物で目くらましをされて……逃げられた」

 レンが悔しそうに吐き捨てると、エイリンが息を呑んだ。

「魔具は!? 盗られたの!?」

「いや、それには手をつけられていなかった。俺たちが来たことで、目的を果たす前に退散したんだろう」

「……だとしたら、今回は俺たちの“勝ち”ってことだな。まあ、後味は悪いが」

 リアンが芝居がかった仕草で肩をすくめた、その時だった。

 庭の向こうから、バザル家の当主が、娘のヴェリナを伴って現れた。その表情は、当主としての威厳と、隠しきれない疲労に満ちている。


「……諸君、ご苦労だった」

 当主は一同を見渡し、重々しく告げた。

「舞踏会は中止とする。招待客には順次退席してもらうよう、手配済みだ」

 リアンが一歩前に出て、恭しく頭を下げる。

「侵入者は既に取り逃がしてしまいましたが、宝物庫の魔具は無事でした。被害はございません」

「……そうか。感謝する」

 当主は短く応えると、隣に立つヴェリナに視線を送った。彼女はリアンの姿を認めると、仮面の下でかすかに微笑んだように見えたが、何も言わずに父の隣に寄り添っている。

「今後のことは、改めて教会と相談させてもらう。君たちには、後日、正式に礼をしたい」

「では、我々はこれにて。宿に戻り、連絡をお待ちしております」

 ルードが一礼し、一行は静かにバザル家の屋敷を後にした。



 夜が静かに深まる頃、《明日の栄光亭》の灯りの下へ、四人は戻ってきた。

 酒場のテーブルでは、フィアとミアルヴィが、待ちくたびれた様子で座っている。

「おかえり。ずいぶん遅かったじゃない」

 ミアルヴィのぶっきらぼうな声に、ルードが静かに頷いた。

「……ああ。仮面の男が、宝物庫に侵入していた」

「……! それで?」

 フィアの問いに、レンが椅子にどかりと腰を下ろし、深く息を吐き出す。

「戦った。……けど、逃げられた」

「でも、魔具は守り切ったわ。被害はゼロよ!」

 エイリンが明るい声で付け加えるが、その場の重い空気は晴れない。

「……そう。ご苦労さま」

 ミアルヴィは短くそれだけ言うと、ふいと顔をそむけた。

「明日、教会から正式な呼び出しがあるはずです。今日の事について、詳しく話を聞かれるでしょう」

 ルードの言葉に、一同は黙って頷いた。

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