表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
六つの運命と深淵の眼  作者: toritoma
第2章 深き目の徒と狙われた魔具
12/94

第2章 その3

 煌びやかなシャンデリアが放つ光の洪水と、人々が交わす上辺だけの笑い声。エイリンは、まるで自分が場違いな生き物になったかのような心地で、ホールの壁際に佇んでいた。ドレスの裾が足にまとわりつき、仮面の内側はじっとりと汗ばんでいる。


「……ダメだ、落ち着かない……。早く、何か起こらないかな」


 彼女が苛立ちを押し殺している間にも、リアンは水を得た魚のように、仮面の群れの中を優雅に泳ぎ回っていた。彼は吟遊詩人としての本領を発揮し、様々な人物に声をかけては、巧みに会話の輪に加わっていく。

 給仕には冗談を言い、老婦人には昔語りを促し、そして――彼は、ホールの中央から少し離れた柱の陰に、独りで佇む若い女性に目を留めた。赤いドレスをまとった彼女は、華やかな喧騒の中で、まるで影だけを寄せ集めたかのように孤独に見えた。


「――月影よりなお美しい君。もしよろしければ、この哀れな詩人に、君の物語を少しだけ聞かせてはもらえないだろうか」


 リアンの芝居がかった口説き文句に、女性は仮面の下でわずかに目を見開いた。彼女は、この屋敷の令嬢、ヴェリナ・バザル。その瞳には、退屈と、そして微かな警戒の色が浮かんでいる。

「……詩人、ですって? あなたのような方とお話しするのは、初めてだわ」

「ならば光栄だ。実は、少しばかり気になる噂を耳にしてね。数か月前の舞踏会の夜、この屋敷で何かがあったとか……」

 リアンが核心に触れると、ヴェリナの肩がかすかに強張った。

「……あの夜、いたのよ。招待客名簿にない、奇妙な男が。誰とも話さず、ただじっと、何かを観察しているような……不気味な人」

「その男は、今宵も?」

 ヴェリナは黙って、扇子を広げた。そして、その扇子の先で、ホールの対極にあるバルコニーへと続く扉の近くを、それとなく示す。

「……あそこに。今夜も、同じ場所に立っているわ。あの人、きっと人間じゃない。まるで、人形か何かみたいに、少しも動かないのよ」


 リアンはヴェリナに丁重な礼を述べると、人込みを縫うようにしてエイリンのもとへと戻った。

「どうだった?」

 待ちくたびれた、と顔に書いてあるエイリンに、リアンは声を潜めて頷く。

「当たり、だ。例の“客”が、今夜も来ている。前の舞踏会にもいた不審者……どうやら、ただ者じゃないらしい」

 その言葉を聞いた瞬間、エイリンの目に光が戻った。退屈な令嬢の仮面が剥がれ落ち、そこにはもう、獲物を見つけた狩人の顔がある。

「よし、行こう! レンたちに知らせないと!」


 二人は人々の注目を集めぬよう、さりげなくホールを抜け出し、庭園を横切って警備についている仲間との合流地点へと急いだ。

 合図の口笛に、物陰から現れたのは、緊張した面持ちのレンと、常に冷静なルードだった。


「何かあったのか?」

 リアンは頷き、ヴェリナから得た情報を手短に、しかし正確に伝えた。

「――つまり、その“人形みたいな男”が、書庫から文献を盗んだ犯人の可能性が高い、と」

 ルードの言葉に、レンはごくりと喉を鳴らす。

「どうする? 踏み込むか?」

「いや、まだだ」とリアンが制した。「今はまだ、泳がせておくべきだ。奴の狙いは、文献と対になる“魔具”。必ず、それを目当てに動くはず」

「……だとしたら、見張りを続けるしかない、か」

 エイリンが悔しそうに唇を噛む。

「ああ。だが、臨戦態勢でです」

 ルードが静かに、しかし強い意志を込めて言った。

「奴が動くその瞬間、我々は必ず、その尻尾を掴む」


 四人の視線が、闇の中で交錯する。

 舞踏会の華やかな音楽が、まるで嵐の前の静けさのように、遠くから聞こえていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ